2019年1月27日日曜日

観測隊/内陸観測


二度目の内陸旅行、2.5ヶ月に渡るドームふじ旅行から昭和基地に帰ってまいりました。体重測ったら5kgくらい落ちてた。これを「内陸旅行ダイエット」として帰国したら売り出そうと思うので真似しないでください。

 出発前にPS Vitaのメモリーカードが壊れまして、くそう、壊れたものは(毎度恒例のソニー製の独自規格のせいで)どうにもならないので、多めに本を買っていくことにしました。

 最近あんまり新しい作家を開拓することがなかったのですが、ジョン・ヴァードンの『数字を一つ思い浮かべろ』がとても良かった。メインのトリックは難しくないというか、わかる人間ならあらすじ読んだ時点でトリックがわかる部類なのだけれども、語り口や人物がとてもよい。ハードウィック刑事とか。子どもの頃は図書館の児童書コーナーの推理小説を読んでばかりいたのですが、昨今はミステリあまり読まなくなって久しいだけに良かった。

 続刊をただちに買っても良いレベルなのですが、ジョン・ヴァードンは仕事引退してから小説書き始めた人らしく、いらぬ年齢的な心配をしてしまう。神林長平もマーティンも良い歳でなぁ。最近作家を開拓しなかったツケがここに。

 最近(でもないか?)亡くなったのだとダニエル・キイスがすごい好きでした。キイスはものすごくギリギリまで堪えるのが上手いなぁ、と感じます。森博嗣の昔の短編集で『今夜はパラシュート博物館へ』というのがあって、ようは「オチが大事」という意味のタイトルだと思うのですが、落下で例えるとキイスは落ち方が衛星が落ちてくるレベル。落下傘とか使わない。五体投地。救命阿。『タッチ』とか読みながら死にそうになっていました。

 直接は関係ないのですが、この手のトリックは個人的に城平京(*1)のやつが好きです。叙述トリックとか物理トリックはたいして好きじゃないのだけれども、なんだろう、心理トリックというかなんというか、こういうのは良い。
*1) 最近は『虚構推理』の原作とかをやっているけど、わたしの世代だと『スパイラル』の人という認識の作家。

 たとえば「バラバラ殺人の被害者の胴体だけが発見され、胃の中から綺麗に折り畳まれたメモ用紙が発見された。開いてみると警視庁有数の名刑事の名前が丁寧な字で書かれていた。ダイイングメッセージにしてはメモ用紙が綺麗すぎる。なぜ被害者はこの刑事の名前が書かれたメモ用紙を飲み込んでいたのか?」という事件とか。こういう頭のおかしさが上手い。おかしいといえば乾くるみ(*2)なのですが、書いていくとアレがアレだし、Pagesの日頃使っているページ設定で1ページ超えたのでそろそろ本題に入ります。
*2) 乾くるみの作品を最初に読んだのが『Jの神話』なせいで、何を読んでも驚かなくなったという現象に名前をつけたい。

 出発前にTwitterでエゴサを行ったときに内陸旅行の紹介文関連で、「なんで現在使っていない基地へ行くんだろう? また基地を使う計画があるのか?」という趣旨の発言を見たときに返信しようと思ったのですが、あっ、いや、これはエゴサしているのバレるな、いやバレてもいいんだけど、なんか、ほら、これ、あれで、ああ、いや、もう、帰ってから記事を書こう、と思った次第で、ガンダムファイトレディーゴーなので、今回は「なぜ内陸旅行を行うのか? なぜ今は使っていない基地へ行くのか」ということを第59次日本南極観測隊(JARE59)の例を挙げて説明する記事となります。



 JARE59では3度の内陸観測を行なっています。

 最初が2017年11月ごろから2018年2月ごろまでの先遣隊による夏のドームふじ旅行(JARE58と合同)。
 二度目が2018年9月半ばから10月半ばにかけての越冬隊中継点旅行。
 三度目が2018年11月ごろから2019年1月末までの夏のドームふじ旅行(JARE60と合同)。

 自分はこの3つの内陸旅行のうち、2度目の中継点旅行と3度目のドームふじ旅行の2回に参加しました。なんでだよ。自分が参加したもののほうが説明しやすいので、その概要を説明すると、以下のようになります。






1) 2018年冬の中継点旅行


目的地

  • 中継拠点(MD364)

期間

  • 2018年9月半ば〜10月半ば

主プロジェクト

  • 一般研究観測 - AP0911(東南極における氷床表面状態の変化と熱・水循環変動の機構)
  • モニタリング観測 - AMP0903(南極氷床の質量収支モニタリング)

主目的

  • 中継拠点でのAWSの設置
  • ゾンデその他の大気・雪氷観測

解説

 冬(といっても9-10月なので北半球でいえば3-4月くらい)の中継点旅行の参加者6人のうち、研究系は気水圏(大気、海洋などの分野)のみで、しかもどちらも大気関係です。プロジェクトを見てもわかるとおり、基本的に大気関係の観測旅行となっています。

 主目的で触れているAWSというのは、自動気象観測装置(Automatic Weather Station)の略称で、下の写真のような装置です。雪面に金属の柱を建て、そこに温度計や風速計といった装置を取り付けたものとなります。ゾンデというのは気球に温度計などを取り付けた装置です。


つまり、どちらも「内陸で大気関係の観測する」ものです。
 ではなぜ「内陸で」観測を行うのか?

 南極にはさまざまな国がさまざまな場所に基地を構え、観測を行っているように見えます。が、実際に観測を行っている場所というのは限られており、沿岸に集中しています。たとえば日本でも、→観測隊/みずほ・あすか・ドームふじ基地で見たように、オングル島にある昭和基地以外の基地は現在ほとんど使用されていません。この理由は単純で、内陸のほうが不便で、維持が困難だからです。



 しかし沿岸だけで観測を行なっていてはわからないこともあります。たとえば日本が観測を行っている場所は東南極に分類される地域ですが、この地域は温暖化の影響が出ていない(温暖化傾向が有意でない(はっきり断言できない)、もしくは寒冷化している)らしいことが知られています(Steig et al. [2009]; *3)。
*3) Steig, E. J., Schneider, D. P., Rutherford, S. D., Mann, M. E., Comiso, J. C., & Shindell, D. T. (2009). Warming of the Antarctic ice-sheet surface since the 1957 International Geophysical Year. Nature, 457(7228), 459.

 なぜそうなっているのか、ということについて推測することはできますが、推測して終わってしまうのはアリストテレスの時代まで。科学的に確信するためには、観測による裏付けが不可欠ですし、将来気候の予測のためにも観測は重要です。このような理由から、内陸で観測を行うわけです。



 ここまでが「なぜ内陸で観測するのか?」という話。「なぜみずほ基地を経由して中継拠点という場所に行って観測するのか?」という疑問には答えていないのですが、こちらに対する疑問への回答は、

  • ・そこにかつてから使っているルートがあるから
  • ・まだ観測装置がなく、ルート上でちょうど良い場所だから

という単純なる二点の理由となります。古くから開拓されているルートだから確実に安全とは言い切れないのですが、少なくとも未開拓の場所を進むよりは安全で、安心感もあります。



 ただし観測的な意味合いでみずほ基地などに寄る理由はあって、既に設置されている観測機器からデータを取ったり、メンテナンスをする目的があります。代表的なものがルート旗としても使われている雪尺で、これは単なる旗が雪面に突き刺さっているだけなのですが、雪面からの高さを測ることで雪がどれくらい深くなったかを知ることができるわけです。



2). 2019年夏のドームふじ旅行


目的地

  • ドームふじ近傍(新ドームふじ)

期間

  • 2018年11月初頭〜2019年1月末

主プロジェウト

  • 重点研究観測
    •  - AJ0903(地球システム変動の解明を目指す南極古環境復元)
  • モニタリング観測
    •  - AMP0903(南極氷床の質量収支モニタリング)
  • 一般研究観測
    • - AP0911(東南極における氷床表面状態の変化と熱・水循環変動の機構)
    • - AP0914(南極における地球外物質探査)
    • - AP0902(無人システムを利用したオーロラ現象の広域ネットワーク観測)

主目的

  • 第3期ドーム深層掘削点特定のための基盤地形、氷層内部層調査

解説

 冬の中継点旅行がルートから逆算して観測地点を決定していたのに対し、ドームふじ基地は一般的な日本の内陸旅行での最終到着地点であり、この地点一帯は設定されるのには相応の理由があります。



→観測隊/みずほ・あすか・ドームふじ基地で述べたように、ドームふじ基地は他の基地と異なり「ドーム」というものがついていますが、これは基地が傾斜が緩やかなドーム状の氷床の真上に存在していることに由来しています。この結果として作り出されるのが、分厚い氷床地形で、3000m超の雪氷からアイスコアと呼ばれる氷の棒を掘り出すことで、過去の気候を再現することが可能となります。



 ただし、氷床が分厚いというのは平均で見た場合のこと。氷床下の地形は場所によって異なるため、レーダー探査で分厚い氷の下の詳しい地形を調べることが肝要で、今回はレーダーを取り付けた雪上車で走り続けました。深ければ一概に良いかというとそうでもないらしいので、選定にはまだまだ時間がかかるようで、3年後の掘削開始を目標としています。今回はドームふじ旅行ではアイスコア掘削も行いましたが、3000m級の氷床がある中での100m超しか掘削しない浅層掘削です。






 以上がJARE59で実施した内陸旅行の概要となります。

 内陸旅行で現在は使用していない基地に行く(を経由する)理由を簡単に纏めてしまうと、

  • ・内陸には基地が少ないため、観測に赴く必要性
  • ・昔から使っているルートや基地には観測機器がたくさんあってデータが取れる
  • ・ドームふじ基地周辺は氷床が分厚く重要な地点

ということになります。大事ですね、内陸観測。行きたくないけど。

 本日は以上です。

2019年1月26日土曜日

その他/ドーム旅行中に書いていたもの

 1月23日に約2.5ヶ月のドームふじ旅行から帰還し、昭和基地に戻りました。

 Twitterでもリンクを載せましたが、ドーム隊としての行動中、ドーム隊執筆によるブログが衛星経由のメール転送で掲載されていました。




 こちらに一回くらい書こうかな、と思って文章自体は書いたのですが、完成してから「また(*1)検閲喰らって本来の意図ではないものが掲載されるのが面倒だな」と思い、結局封印したままとなりました。
*1) 昭和基地Nowの原稿とか、地方紙に寄稿した原稿とか。

 このまま封印しても良かったのですが、2月からは砕氷船しらせに乗るので、日本帰国まではまた更新が拙くなる予定(メール経由でテキストのみの更新はできなくもないですが)ということを踏まえ、少しでもブログのかさ増しをするために以下に掲載することにします。





 60次ドーム隊です。

 自分は60次隊ではなく、59次越冬隊の人間です。本来ドーム隊に参加する予定はなかったのですが、越冬中にドーム隊がひとり足りなくなったという連絡があり、(昭和基地からいなくなっても特に不都合がない人員なので消去法で)59次から生贄に捧げられました。

(1月4日)現在、MD528という地点でこの記事を書いています。MDというのは「みずほ基地ードームふじ基地間ルート」のことで、ほぼ2kmごとに2間隔でポイント番号が割り振られています。なのでMD528であれば、「みずほ基地からドームふじ基地へ向かうルート上で、みずほ基地から528km地点」を指すことになります。みずほ基地は昭和基地から約250kmの地点のため、昭和基地へ戻るためにはまだ750km以上の距離を走破しなければなりません。内陸に広がっているのはただ静謐なことだけが取り柄の雪原のみで、ペンギンやアザラシといった生き物は基本的に存在せず、野生で存在するのは汚いおっさんとシャワーを浴びた直後の小汚いおっさんだけです。

 60次ドーム隊はドームふじ近くでのベースキャンプでの観測を無事に終え、昭和基地への帰路にあります。他の投稿記事を読んでいないので正しいドームふじ旅行が伝わっているのかわかりませんが、おそらく一般の読者の方はこの旅行でやることはアイスコアを掘ったり、肉を焼いたり、娘の下の歯を穴に落としたりすることだと思っていることかと思います。

 しかし正しいドームふじ旅行というのは、延々とドリルでアイスコアという氷の棒を掘り出して袋詰めしたり、「ご冗談でしょう?」と言いたくなるような距離と時間をひたすらアンテナのついた車両で雪原を走り回ったりといったものです。「ご冗談でしょう?」という表現がリチャード・ファインマンの次に似合うのは南極観測隊レーダーチーム以外にありません。

 そんな作業を終えての帰路なわけですが、簡単に帰れるわけではありません。南極を舐めるな。上で述べたように、まだ700km以上の距離が残されています。南極でも夏期間はDROMLANという飛行機網が利用可能ですが、大量の観測機材や物資の輸送に飛行機が不向きであれば、車両で地道に走行するしかありません。ドーム隊で利用する主たる雪上車は、キャタピラを備えたSM100という大型雪上車です。出せる速度は時速10kmがせいぜい、夏暑く、冬寒く、取り柄というと古くても頑丈という京都府みたいな車両です。14時現在、車内温度を計測してみたらプラス33.1度でした。夏か。夏だ。外気温はマイナス26度です。特に何の準備もなしに50度差が体感できます。



 このクソ暑い、失礼、非常に暑苦しい車中でテンパー(雪上車のハンドルのようなもの)を握り締めながら考えることといえば、誰しも共通していて、

  • ・早く帰りたい
  • ・お金が欲しい
  • ・自分の責任問題が起こらないで欲しい

くらいのものです。日本にいるときとあまり変わらない。

 ちなみに南極観測隊には南極手当というものがあり、一定緯度以南での場所で活動した日数分だけ追加の手当が支給されます。しかし長時間の運転や作業を続けても、特に給料が増えるわけではありません。しかも計算してみると、一年三ヶ月働いても歌舞伎町で豪遊したら腎臓を売ることになる程度の金額にしかなりません。計算しなければ良かった。現在60次ドーム隊はノルウェー極地研の職員2名と同行しているのですが、ノルウェーでも南極手当に相当するものがあるものの額面は「非常に高額」だそうです。ああ金が欲しい。すまん本音が出た。



 そんなふうにお金が欲しいなぁ、と考えながら雪上車を走らせ続ける帰路です。往路ではブリザードという天然の祝祭日が我々に閑暇スコレーを与えてくれていましたが、まだ内陸部ではそれも期待できません。毎日広がるのは青空ばかり。あー眩しさに腹が立つ。労働の道徳性は奴隷の道徳性である、とバートランド・ラッセルとともに怠惰への讃歌を謳ったところで、代わり映えしない道を運転し続ける毎日です。祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理を表す。驕れるものも久しからず、ただ春の夢の如し。猛きものもついには滅びぬ。ひとへに風の前の塵に同じ。平家物語巻之第一頭、祇園精舎。


© この星を守るため
Maira Gall