2018年7月14日土曜日

観測隊/夏訓練と冬訓練


 →前回の記事でも触れましたが、六月後半はミッドウィンター祭でした。

 箝口令が敷かれているため詳細は話せないのですが、我々の『円周率は3』という頭の悪さが溢れ出る最年少チームが優勝。結果としてわたしは景品のトートバッグを得て、洗濯物の入れ物として使えるようになりました(*1)。
*1) それまではオーストラリアで買い物したときのビニール袋を使っていた。

 昭和基地はそんな6月だったのですが、日本ではというと、60次隊の夏訓練のお知らせが来ていました。

 →スケジュールの話のときも書きましたが、観測隊は候補者となった時点で、2-3月ごろに行われる冬訓練、6月ごろに行われる夏訓練に参加することになります。これらの訓練、いちおう参加は任意ということですが、ほらなんかこう、あれじゃん、実質強制じゃん、ねぇ、強制じゃん、というアレです。

 今回はこの夏・冬の訓練に関するお話です。

 ちなみに今回使用する画像は、一部以前使ったものの使い回しです。撮った写真が家のPCに入れっぱなしで手が出せないので。クラウドストレージも漁ってみたのですが、いちばん古い画像がsl(*2)のキャプチャでした。なにわけのわからないもののキャプチャを撮っているのだ。
*2) lsというlinuxで非常によく使われるコマンドのパロディであるジョークコマンド。lsは対象ディレクトリのファイル一覧を表示するが、slは機関車を走らせる。いちおう昔は意味があったらしい。


 冬訓練は2月-3月ごろ、長野県のとある高原で5日間かけて行われます。

 冬訓練の目的は3つで、

  1. 観測隊員・同行者候補の相互の理解と親睦を深める
  2. 観測隊員・同行者候補として南極で必要な情報の提供および歴史・運営に関する講義。
  3. 南極での行動・安全に関する理解を深めるため、冬季の寒冷地における野外活動や非常時の技術の獲得。

となっています。昨今はこれらの目的も形骸化しているのではないか、などと囁かれていたりしますが、まぁ大きいのは1でしょう。たぶん。初顔合わせとなる観測隊が5-6人程度でグループを組んで宿泊、野外活動を行なっていきます。

 具体的に何をするかというと、まずは座学で観測隊に関する一般的な話、南極フィールドワーク学概論などもありますが、メインとなるのはルート工作、サバイバル訓練、雪上訓練などに関する行動に関する講義です。

 次に野外活動ですが、大きな野外活動は2つあり、ひとつは二日目の午後に行われるルート工作訓練です。これは宿泊施設近隣の園地で行われます。

 ルート工作というのは海氷上や氷床上に一次的に安全が確保された道を作る作業を指します。


 昭和基地は東オングル島という島の上にあるため、他の島や大陸に出かけるためには、海氷・氷床上を移動することが必要不可欠です。海氷・氷床上の危険についてはホワイトアウトやクラック、プレッシャーリッジにクレバスなどさまざまなものがありますが、これらの詳しい説明はあとに送るとして、今回はルート工作訓練そのものについてのみ説明します。

 訓練ではスタートとゴールのみ印がついている園地内の地図をあらかじめ渡されていて、まずは前日にルートを記入します。
 具体的には、

  1. ゴールに到達するまでの道程を、地図上から見て険しくならない場所、危険の少ない場所を中心に設定する
  2. 道程を複数の直線で区切り、各区切りを標識旗設置場所とする。
  3. 各標識旗設置場所に番号をつけ、前の標識旗設置場所から次の標識旗設置場所の磁方位や相対方位、距離、緯度経度を測る。

という流れでルートが設定されます。たとえば下の図のように。実際はこんな広い範囲をこんな大雑把にルート設定しないし、線の引き方もてきとうだけど、まぁイメージということで。



 当日はこのルートを実際に辿るわけですが、具体的にどう辿るかというと、

  1. コンパスで次の標識旗設置場所の方向を見つける。
  2. 次の標識旗設置場所に向けて(あらかじめ測っておいた)歩数・歩幅から計算される設定距離を歩く。
  3. 到達した場所に標識旗を設置する。
  4. 1に戻る。

となります。GPSで緯度経度を測定したりもしますが、こちらはあくまで補助。メインとなるのは伊能忠敬のように地道な手法なのです。

 グループごとに行うので、旗の設置、方位測定、歩幅による距離測定と分担はできるのですが、それでも予想外に時間がかかり、普通なら一時間もかからない距離を踏破するのに、その三倍以上の時間を要しました。しかも到達地点が予想とけっこうずれる。

 もうひとつは三日目の午前中から四日目の午後まで、丸二日かけて行われる一連のサバイバル訓練です。

 サバイバイル訓練は、

  • テント設営、負傷者の搬送訓練、ツェルトの使用方法などからなる一般的なサバイバル訓練
  • ツェルトでのビバーク体験
  • 雪上歩行、ロープワーク、クレバス脱出訓練などの雪上訓練

 などがありますが、簡単にいえば「荷物を担ぎカンジキを履いて山を歩き、テントを張り、雪の壁で風を避ける」というのサバイバル訓練の主たる内容です。


 実際にこれが役立つかというと、まぁあんまりこんな機会はないわけで、いまのところカンジキも履いていないしテントも訓練以外で張っておらず、雪の壁も作ってはおらず、「この訓練が(南極よりも)寒くて大変だった」というコメントさえある(前次隊のときは寒かったらしい)のですが、どちらかというと非常時の備えのようなところもあるかもしれません。個人的には山歩きがいちばん大変でした。体力なしなので。


 一方で夏訓練ですが、こちらは6月の半ばごろ、甲信越の温泉地の近くで行われます。温泉行きたいだけでは。


 こちらも座学と野外活動の2種類が主で、座学は越冬生活や設営、輸送、情報共有、装備などに関する情報を得ます。

 野外活動は夏季訓練では大きいものはひとつだけで、グループスコアオリエンテーリングというものを行います。
 これは、

  1. 地図を使ったナビゲーションに親しむ。
  2. 組織力を養う。

というふたつの目的に沿った訓練ということなのですが、ようは冬訓練でやったルート工作訓練をもっと簡易にしたようなものです。

 参加者は各班に分かれ、地図、コンパス、チェックボードを持ち、チェックポイントを辿っていくことになります。
 一般的な「スコアオリエンテーリング」というものがどういうものなのかはわかりませんが、簡単にいえば地図から目的地にどう辿りつけばよいか推定し、その通りに動くというだけです。穏やかな野外活動ですね? しかし闘争心盛んな野郎どもしかいないので、グループ間の競争が熾烈になり、最終的にはチェックポイント間を全力疾走することになります(*3)。辛ぇ。
*3) ポイントを稼ぐために「まだいける! いける! 諦めるな!」と松岡修造のノリでみんな走っていった。

 冬訓練と夏訓練はこのように座学と野外活動をふたつの柱としていますが、ほかにもロープワークや救命救急措置訓練など、南極で役に立ったり立たなかったりする技術を習得したり、早朝に起きてランニングをしたり、なんか縛ったりします。


 観測隊・同行者候補の方は、ぜひご参加ください(*4)。
*4) 自分はもういいや。

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Maira Gall