2019年4月1日月曜日

はじめに

  このページはトップに固定されています。

 このウェブログは2017-2019年に行われる、第59次南極観測隊の一隊員による、南極観測隊に関連する内容を非公式に記載したものです。本内容は、概ね以下の4つに大分されます。


  1. 南極そのものに関するもの
  2. 南極観測隊に関するもの
  3. 南極観測隊員に関するもの
  4. その他


1) 南極そのものに関する内容 → タグ:南極
 第59次南極観測隊(以下、JARE59)は、当たり前ですが南極で活動を行います。南極地域の定義は一般に南緯60度以南の領域で、ここから先は日本とは大きく異なる気候や生態系が待ち受けています。それらについて紹介しつつ、実際に南極にいる間は実際の画像を交えて紹介できればと思います。

→南極/南極の気温(2017/11/21)
→南極/環境保護条約(2017/12/20)
→南極/ブリザード(2018/01/04)


2) 南極観測隊に関する内容 → タグ:観測隊
 この内容が(おそらく)メインコンテンツになる内容です。

→観測隊/スケジュール(2017/11/13)
→観測隊/研究観測(2017/11/24)
→観測隊/観測隊構成(2017/11/26)
→観測隊/オーストラリアでの行事(2017/12/01)
→観測隊/砕氷船しらせ(2017/12/08)
→観測隊/日本南極観測隊の歴史(2017/12/11)

 南極に関する記述がある本やウェブサイトはすでに十分な数があるのですが、その大部分の内容は南極の自然気候や生物、研究活動、探検歴史などに関するものです。しかし南極についてではなく、日本の南極観測隊そのものに関しては同じ研究者に対してもあまり知られていません。

 JARE59でどれくらい期間、何人くらいの人間が、どのような活動をするのか。
 JARE59ではそのためにどんな準備をして、どんな訓練を行い、どのような行程を経て活動をしていくのか。
 JARE59は何を目的としているのか。

 そのようなことを記述していきたいと思います。

 現地での実際の活動や、それに関してすっごーいたーのしーといった内容は基本的には記載しない予定です(*1)。というのも、自分は今回が初めての南極で、右も左もわからないし、失敗することもあるだろうし、何もかもうまくいかず、前後不覚になり果てることもありえるわけで。要は現場で実際にうまく行くかわからないので、そういった内容は可能な限り書かないというリスク軽減だと思ってください。
*1) なんかすごくすっごーいわーいたーのしーになったら書くかもしれません。

 それと本ウェブログは基本的に観測隊の最新の活動内容をお届けするものではありません。南極観測隊の活動が国家事業の一種であり、大本営の報道が優先する必要がある場合があるためです。非公式が先に発表するとどうなるかはよくわかりませんが、もしかするとわたしの首が飛ぶかもしれません(*2)。
*2) うっひょー。

 例えば南極に突如開いたゲートからのちにジャムと呼ばれる異星人の飛行機が飛び出してきたり、遊星に付着していた物体Xによって基地が破壊されてどうせ死ぬなら道連れだという勢いで頑張っていたとしても、そういったレベルの情報はかなり重要なので公式発表(*3)があるまでの間はこちらから発表するとはできません。
*3) そういう情報が流れたら戻ってきた隊員の血液が高温に晒された途端に正体現さないかどうかとか、L型アミノ酸をきちんと消化できるかどうかをちゃんと確認してください。

 最新の内容や南極観測隊に関するまともな情報が欲しければ、
→国立環境研究所 南極観測のホームページ
→昭和基地NOW
 などをご覧ください。

3) 南極観測隊員に関する内容 → タグ:隊員
 自分が高校生のとき、とある公演をした南極観測隊経験者の方は「南極に行きたければ金持ちか研究者になれ」と言いました。残念ながらお金持ちには向いていなかったので(*4)研究者になり、結果的には南極に行くことになったので、個人としては方針はおおむね正しかったわけですが、実際のところ観測隊の中で研究者が占める割合はそれほど多くありません。JARE59の観測隊にはいろんな人々がいます。
*4) はー金が欲しい。

 そうした雑多な人物を紹介していくわけですが、年齢とか血液型とか家族構成とか趣味とか弱点とか性癖とか黒歴史とか、なんかそういう他人の個人情報とかわたくしわりと関心がないというかどうでも良いのでしません。

 紹介するのは、

  • 南極での仕事内容:何をするために南極に来たか
  • 南極に来ることになった経緯:どうすれば南極に来られるか

に絞りたいと思います。というのも、これらの情報が新たに南極に来たいと思っている人々に役立ちそうだと思ったからです。

4) その他 → タグ:その他
 それ以外の内容です。

→その他/もふもふモフモフ(2017/11/24)
→その他/宇宙よりも遠い場所(2017/12/31)


 以上の内容を適宜更新していくことになります。隊員のSNSの情報発信は公序良俗に反するものや観測隊・南極観測の名誉を傷つけるものは認められないことになっていて、なんかこの「はじめに」を書いた時点でだいぶ怪しい気がするのですが、突如このブログが消えたらそういうことだと思ってください。

 遅れましたが、このページを含む本ウェブログの主な記述者は越冬の一般観測研究の山田です(*5)。本ウェブログはの2017年11月からJARE59越冬隊終了の2019年3月までを目標にのろりのろりと更新していく予定です。
*5) この「越冬」だとか、「一般観測研究」だとかについてもおいおい説明できれば。

2018年6月15日金曜日

隊員/越冬隊重点研究宙空圏の場合


 この[隊員]ページ第59次南極地域観測隊の隊員のうち一部に個人的にインタビューをし、纏めたものです。個人の詳細については深く立ち入らず、内容は、

  • 南極での仕事 :何をするために南極に来たか
  • 南極に来た経緯:どうすれば南極に来られるか

に集約されています。


南極での仕事


 ライダー(レーザーレーダー。光を射出して大気の鉛直状態を観測する装置)の保守点検と観測。昭和基地に設置されているライダーのレーザーは気水圏のそれと比べると出力が大きく、世界で5、6台しか存在しない。出力が大きく、波長をチューニングが難しいため、マニュアルで調整しなければならない。

 また、ソフトクリーム係長としてソフトクリームの管理。

南極に来た経緯


 もともと宙空圏のライダーに関連したプロジェクトで雇われており、その流れで南極に来ることになった。明確にどの時点で決まったということはなく、完全に流れ。ライダー関係で人を出したいということになっていたため、いつのまにか決定されていた。実質、社内公募みたいなもの。

南極の感想


 変わり映えしない。






管理人より


 観測系編です。南極といえばオーロラとペンギンという印象を持っている方がほとんどだと思いますが、オーロラは宙空の領域です。

 宙空の主たる重点研究課題はPANSY(昭和基地大型フェイズドアレイレーダー)なのですが、PANSYの保守観測は三菱から選出される隊員が行うため、極地研からの研究観測隊員は保守観測を行いません。

 この方が使うライダーという観測装置は、単純にいえばレーザーを射出し、空中の大気や微粒子にぶつかって戻ってくる反射光(正確にいえば、後方散乱光)を観測することで上層大気の鉛直分布を観測する装置です。レーザーレーダーという名前からわかるとおり、基本的な概念はレーダーと同じで、大きな違いは使用する波長です。レーダーはいわゆる電波と呼ばれる長い波長を使いますが、ライダーは目に見える光に近い短い波長を使います。

 この方とは砕氷船しらせで同室だったので、道中に今回の記事の元となるインタビューを行いました。しらせでは近くにクジラやペンギンの群れやが見えると『十時の方向にペンギンの群れ。泳法はバタフライ』などといったアナウンスがあるのですが、その度に「観測に行かないと」と言って部屋を飛び出し、海氷が近づくと「ワッチ(船上での当直当番のような意味)だ」と飛び出して行ったのは記憶に新しいです。


2018年6月8日金曜日

観測隊/冬の過ごし方


 5月、6月と月末に個人的な(つまり研究関連でも観測隊関連でもない)締め切りが続いた結果、ここのところブログ執筆をさぼってしまっていました。越冬後半になると内陸旅行もあるので合計4ヶ月くらい不在になるし、なんか不安になってきたぞ。

 ともかく、わりと手が空いたので久しぶりにブログを書きつつ、ゲームもできなかったしそっちの情報を(ブログより優先的に)漁っていると『Bloodstained』(*1)が発売されたという情報が飛び込んで来る。
*1) 『悪魔城ドラキュラ』シリーズ(*2)で知られるIGAがKickstaterで資金を募り、目標50万ドルのところ500万ドルを超えてゴールを果たした2Dアクション。
*2) メトロイドヴァニアというジャンルの命名元となった双璧のうちの一柱(英語版のタイトルが『キャッスルヴァニア』のため)。もう片方はそのものをプレイしたことがなくても『大乱闘スマッシュブラザーズ』で知名度があると思われるサムスが主人公の『メトロイド』。

『Bloodstained』はかなり期待のタイトルだったので、もう発売してたのかとウキウキで見てみたら、本編の『Ritual of the Night』ではなく、450万ドル突破のストレッチゴール達成による前日譚『Curse of the Moon』でした。へっ、いまさらレトロ2Dアクションなんて……でも買ってしまう。普通に面白いじゃねぇか。これは本編も期待できる。

『悪魔城ドラキュラ』は(たぶん)自分が最初にプレイしたビデオゲームなので思い出深い……というほど記憶がハッキリしていないのだけれどなんとなく印象に残っています。友だちのお父さんが医者で家にパソコンがあって、それでやらせてもらった。まぁ初代はIGA監修じゃないのだけれど。あと2Dアクションで記憶に残り具合だと『魂斗羅スピリッツ』(*3)のほうが深いのだけれども
*3) また宇宙人が攻めてきた! だが魂斗羅(熱い斗魂とゲリラ戦術の素質を先天的に合わせ持つ、最強の闘士)たちがまたやってくれたぜ! な頭悪い系アクション。個人的なSFC最高傑作。ヘリのミサイルに掴まって空中戦やるステージが好き。

 久しぶりなので飛ばしました。ついてこれるか。

 さて、現在6月は日本のある北半球では夏ですが、南極のある南半球では季節が逆なので冬となります。真夏には零下そこそこだった気温はマイナス三十度にまで達するようになり、風が吹けば骨身まで染み入る寒さを感じます。


 が、それ以上に日常生活に大きく関わるのが日照時間(*4)の低下——というより太陽が地平線の上に顔を出さなくなる極夜です。
*4) ちなみに気象的には、日照計が120W/m2以上を測定している時間。120W/m2がどれくらいかというと、お昼の晴れた日がだいたい1000W/m2くらいなので、いちばん明るいときの1/10くらいの明るさまでは「日照があるよ」と定義しているということになる。

 極夜になっても、基本的な生活サイクルはほとんど変わりません。越冬隊の基本的な平日のタイムテーブルは、

  • 0800 (夏は0700) 朝食
  • 0900 (夏は0800) 午前業務開始
  • 1200 昼食
  • 1300 午後業務開始
  • 1700 午後業務終了
  • 1800 夕食

となっていますが、太陽が昇らなくてもこのスケジュールは大きく変わらず、ちゃんと仕事をしています。えらいっ。


 もちろんのこと、薄暗いゆえに外作業は難しくなりますが、太陽は昇らないといっても完全に消えてしまったわけではありません。地平線の下にあったとしても、相対的に高めの高度であればある程度明るくなります。

 たとえば太陽高度が-4度(太陽の中心が地平線の下の見上げ角度-4度)のときの様子がこんな具合。


 もちろんカメラの露出とかを弄っているため、肉眼そのままの画像ではないのですが、空の明るさは太陽の光の散乱(跳ね返り)によって生じるものであるため、太陽そのものが地平線の上になくてもある程度明るさは感じ取ることができます。

 といっても、それも太陽が地平線に近い間のこと。南中時刻から徐々に太陽が深くなっていくにつれて暗さも増していき、6月の一週目週末の現在となると15時くらいにはもう真っ暗闇。

 日本であれば、街灯や建物から漏れる光で月がなくとも明るいものですが、昭和基地では太陽が沈んである程度暗くなると、宙空圏(宇宙・天文関係)のオーロラ等の観測が始まります。この時間帯は基地から漏れるわずかな光でも観測の邪魔になってしまうため、基地内のカーテンをすべて引き、街灯も消して夜よりほかに聴くものもなし。


 そういうわけで暗くなると、基地内の活動が多くなります。

 さらに時間が経ていくと太陽高度が最も低くなり、さらに暗さは増し、闇夜の時間は増え、人間活動に大きな影響を及ぼすようになります。具体的には眠れなくなったり、精神的に陰鬱になったりしてきます。


 そういった暗い気分を破ろうという理由から——かどうかはわかりませんが、極夜の最夜期(今年は6月21〜24日)にはミッドウィンターフェスティバル(MWFというお祭りが開かれます。

 これは日本の観測隊特有の祭りというよりは、規模の大小あれ南極のどの国でも基地ごとにやっている祭りで、MWFの期間にはグリーティングカードを各国の基地間で交換しあったりします。

 さて、日本の場合だとMWFの期間に何をするかというと、今回はたとえば、蕎麦打ち、餅つき、屋台、肝試し、ミスコン、宝探し、演芸大会、ミニ四駆、麻雀大会、カラオケ対決、Youtuberバトル、笑ってはいけない昭和基地などを行います。

 ちなみに基地には各隊次で発行された新聞が残されており、最も古いものだと五十年近く前の13次隊の新聞が残されているのですが、その記事によれば当時のMWFのスケジュールは以下のようなものだったようです。



 たいして変わってねぇな人間。

 まぁ飲んで遊んでという具合だと思ってください。おっさんの饗宴です。ポロリもあるよ。たぶん。


 余談ですが、今回の話はMWFが終わった六月末にでも書こうと思ったのですが、

  • ・なんかすぐ書きたい話題がない
  • ・ミッドウィンター中に撮った写真とか公序良俗に反しそう

という理由につき、MWFが始まる前に書いてしまうことにしました。

2018年5月21日月曜日

その他/ドラゴンと蜃気楼


 2018年5月9日の昭和基地Now!!原稿を担当したのですが「一般的に難しい」(*1)と言われて、大幅に内容を削除修正&タイトルを変更されました(変更の了承確認は受けています)。だいぶ会心のタイトルだったのですが。
*1) なぜかジョークまで削除された。一般的に難しいジョークだったか。

蜃気楼|国立極地研究所 南極観測のホームページ│昭和基地NOW!!
http://www.nipr.ac.jp/jare/now/

 ハゲの人が使うシャンプーみたいな記事になったのが腹立だしいので、こちらに元原稿を残しておきます。掲載版と比較してみてください。



ドラゴンと蜃気楼


 5月9日は59次隊の日ということで、今次隊で完成した基本観測棟屋上で写真撮影を行いました。前次隊の58次隊は5月8日に撮影していたため、次なる60次隊は6月0日に記念撮影をするだろうと予想されています。

5月9日を記念しての59次集合写真。

 写真撮影をした際に、北西の海氷上に蜃気楼が現れていました。上下の鏡合わせのように浮かび上がっているように見える海氷がそれです。

集合写真時に北西の方向に生じていた蜃気楼。

 蜃気楼の「蜃」というのは車螯という蛤のような見た目の大きな貝、または蛟という龍を意味します。古代中国では、遠くに本来見えないはずの楼(高い建物)が見えた際に、これら蜃という化け物が吐いた気によって見せられた幻であると考えたわけです。

 実際のところ、蜃気楼は幻ではなく、光が捻じ曲げられた結果として生じる光学現象です。

 光の速度は秒速およそ30万キロメートルですが、正確には媒質(空気や水など)の種類やその温度、気圧によって変化し、たとえば大気の温度が高ければ高いほど、光の速度は速くなります。そして速さが異なる境界では、光は屈折してその進行方向を変化させます。

 光が屈折でねじ曲がっても、人間は経験から「光は直進するものである」と認識し、本来光が進んできた方向ではなく、ねじ曲がった光が直進してきたと仮定した方向に物体があると解釈します。

 蜃気楼は、この結果として生じる現象です。 

 そのため蜃気楼があるということは、光が強く屈折するだけの温度の違いが存在している、ということになります。大気の鉛直構造を測定することができれば、蜃気楼をもたらした光がどのような経路を通って、この幻想的な風景を作り出したかを計算することが可能です。

 逆にいえば、蜃気楼とそうでない状態の風景を比較することで屈折の経路が理解できれば、大気の鉛直構造を推定することもできます。ただし、このように結果を見て、原因となる状態を求めるのは「逆問題」といわれる複雑な問題です。通常の原因から結果を推測する順問題がドラゴンを見て足跡の形を推測しようとするのに対し、逆問題は足跡を見てドラゴンを推測する行為として例えられます。

Bohren, C. F., & Huffman, D. R. (2008). Absorption and scattering of light by small particles. John Wiley & Sons. より図1.5。ドラゴンからその足跡を推定する正問題(a)と、足跡からドラゴンを推定しなければならない逆問題(b)。

 逆問題を解くためには、それまでに集めてきたさまざまな情報を駆使したり、いろいろな計算を試してみたりすることになります。

 南極の空は世界一清浄で美しいといわれています。

太陽高度-4度での薄明の空の観測。

 その空を眺めるだけではなく、その空を作り出しているものに焦点を当てれば、空はただ静謐なだけのものではなくなります。

 といってもそれも太陽の光が昇っている間だけのこと。南半球の5月はもはや冬。太陽の昇らぬ極夜も指折り数える段階へとなっているのでした。

2018年5月7日月曜日

南極/漁協と釣りと生態調査

 ノートパソコンのディスプレイが壊れました。

 壊れたといっても、右側1/4が映らなくなってしまっただけで、残りの3/4は無事なのですが、もともと使えた領域が使えなくなるとなるとなんと不便に感じるものよ。Macなので、Air Dropやアップデートの通知はギリギリ見えるものの、ブラインド選択になります。心の目が試される。

 原因はイヤホンの端子をディスプレイとキーボードの間に挟んだまま、ディスプレイを閉めようとしてしまったことです。ヒビが痛々しい。日本に戻るまでまだ10ヶ月ほどあるのに。

 こうなると、他の機械も壊れないとは限りません。ディスプレイは外付けディスプレイをつなぐことでなんとかなりますが、ハードディスクが壊れたりすると手もつけられないわけで、たまにはバックアップでもとるか、という気分に。

 マシンがお釈迦になったのなら、このウェブログの更新も難しくなるでしょう。であればいまのうちに書きたいことを書くべきで、『名探偵コナン』の黒の組織のボスの正体はウォッカだと思っています。ジンがピンチになったら急にでかくなって「きみには期待していたのだが、がっかりだよ、ジン」とか言うの。あの、こう、RED(*1)のウォーターズみたいな。ちなみに『名探偵コナン』は京極さんが出たあたりくらいまでしか読んでいません。
*1) 村枝賢一の漫画『Red -living on the Dead-』。南北戦争後のアメリカで一族を殺されたインディアン・レッド、西南戦争の生き残り伊藤伊衛郎(イエロー)、インディアンに興味を持つ娼婦アンジーが西部を放浪する。

 さて、心残りをなくしたところで、今回は先日行った生態調査釣りに関連した内容を書こうと思います。

 といっても概要は簡単。海氷が十分に厚くなっているところへ赴き、アイスドリルで穴を空け、そこに餌をつけた針を垂らすだけです。


 ドリルで海氷上に穴を空けるとき、大量に氷の削りカスが出ます。これは削りカスの山で穴の位置を視認しやすくするために、穴の近くに寄せておくのが望ましいです。


 運が良ければ、針を落としてすぐにかかります。

 使っている餌は、フリーマントルで釣った魚や購入した烏賊、オキアミ、蛸などです。赤いのは着色しているためで、赤いほうが魚が寄って来やすいといわれており、紅生姜でも釣れるそうです。また、醤油や出汁のような匂いがする香料を付ける人もいました(*2)。
*2) ちなみにこのように色をつけたり匂いをつけたりするのは、南極特有ではない。魚は意外と鼻が良い。


 前回の生態調査釣りでは、午前午後合わせて全体の釣果が20匹超、自分の釣果は3匹でした。釣れたのはショウワギスという、ハゼに似た魚が主です。




 さて、生態調査釣りですが、なぜこう、あの、ほら、釣りっていうか、その、アレだ、生態調査ということになっているかということについて説明します。

 まず、南極環境において、魚類は比較的蔑ろにされている部類です。

 基本的に南極地域で保護されているのはペンギンやアザラシで、たとえば名前でわかりやすい『南極のあざらしの保存に関する条約』(1980年に効力発生)では、

第一条 適用範囲
(2) この条約は次の種類について適用することができる。
・みなみぞうあざらし(ミロウンガ・レオニナ)
・ひょうあざらし(ヒュドルルガ・レプトニュクス)
・ウェッデルあざらし(レプトニュコテス・ウェデルリ)
・かにくいあざらし(ロボドン・カルキノファグス)
・ロスあざらし(オントフォカ・ロスィ)
・みなみおっとせい属(アルクトケファルス属)に属する種類

に関して、条約適用範囲である南緯60度以南の海域での捕獲・殺傷を禁じています。ただし例外があり、

第4条 特別許可
(1) この条約の規定にかかわらず、いずれの締約国も、次のことを目的として、限られた数量のあざらしをこの条約の目的及び原則に従って殺し又は捕獲するための許可証を発給することができる。
 (a) 人又は犬に不可欠な食料を供給すること。
 (b) 科学的に調査に供すること。
 (c) 標本を博物館、教育施設又は文化施設に提供すること。

 食っていいんかい。

「不可欠な食料」という意味がいまいち読み取れないのですが、ようは毛皮・脂といった商業的な目的でなければ仕方がない、といった見方なのでしょう。あるいは食料欠乏の場合に捕獲できるように、ということかもしれません。なんにしても、あくまで「許可証を発給することができる」なので、食べるためだから捕獲して良い、というわけではないようです。

 ともかくとして、この条約で守られているのはアザラシなどの海洋哺乳類だけです。

『南極の海洋生物資源の保存に関する条約』(1982年効力発生)では、

第一条
2 南極の海洋生物資源とは、ひれを有する魚類、軟体動物、甲殻類その他の南極収束線以南に存在するすべての種類の生物(魚類を含む。)である資源をいう。

ということで、魚類も保存の対象にはなってはいますが、あくまで「資源」としてで、保護の対象というわけではないようです。

 そういうわけで、釣り——すなわち魚類の捕獲は、法的には縛られてはいません。

 しかしながら、法的に許可されていれば好き放題にして良いわけではないわけで、日本では『娯楽としての魚類等海棲生物の捕獲に付いてのガイドライン』を制定しています。このガイドライン曰く、

◇生物種・魚種による規制はないが、生き物であることを念頭に、娯楽として常識的な範囲での捕獲に止めること。

ということになっており、捕獲結果として、捕獲日時や種類、捕獲場所、体長、重量などを記録しておくことが定められています。南極観測隊ではそれを守っているというわけです。健全ゥ。

 生態調査らしく、大きな魚類の場合は胃袋の中を開いて餌を調査するということもやることになっています。今回釣れた中だと、胃袋の中を開くほどの大きなサイズではなかったのですが、釣れたときに食べていたらしいゴカイのような虫が出てきて、ショウワギスの主たる餌がわかります。

 現在までのところ、釣れているのはほとんどがショウワギスですが、釣りを主導している漁協係はライギョダマシという大型魚を釣ることを目標とし、日夜邁進しています


 ライギョダマシは通常の竿と糸で釣るには大きすぎる魚なので、通常の竿と仕掛けでは釣ることができません。大型の設置式器具を用い、大きな針に魚を餌として取り付けて放置し、かかるのを待ちます。

 この記事を書いている2018年5月7日、漁協はライギョダマシ用の仕掛けを設置しました。
 これまでライギョダマシは、2年に1度程度のペースで釣れているようですが、果たして今次隊は釣り上げることができるのか。続報をお待ちください。

 なお、これまでに釣れた魚はスタッフで美味しくいただきました。



2018年4月18日水曜日

南極/オゾンホール


 隊員でこのブログの存在を知っている人に、ブログを更新しろと言われてしまいました。

 確かに振り返ってみると最近確かに更新頻度が落ちています。でも最近は朝夕の薄明観測も始まったし、AWSとラドン計の調整もしないといけないし、計算モデルは調子がよくおかしくなるし、ギターも練習しないとだし、ビリヤード大会(四つ玉; *1が始まってしまったし、サガフロ*2のエミリア編のラスボスが倒せないし(*3)でわりと忙しいし………。
*1) 8ボールのようなポケットではなく、穴のないテーブルを使うキャロムの一種。1回戦は30点先取で5回ファールしたけど最後に10点入れて勝った。対戦相手のコメント「理不尽」。
*2) PSのサガシリーズ第一弾。連携が導入され、うまく繋がると『飛燕ロケット剣ローリンヒット』『ジャイアントプラズマスマ巻きスカッシュ』など意味不明の技が発生する。1997年のゲームだが最近になって連携数が更新され、最大41連携の記録ができた。Yahooニュースにもなったが、技名は『リヴァイヴァスライバベル水撃スープジャイアントロコ金剛カイザーブラスター陽子ロケット鬼バルカン破壊鉄下駄電束火炎プラズマ跳弾神速熱線放射ソニックディフレクト電撃濁流清流アル・三スカイ燕曲射短勁フラッシュライジングロザリオアル・十字塔無月真アル・羅刹掌』とのこと。詳しくは→「サガ・フロンティア」で“41連携”の発動が確認される 2分弱攻撃し続けて16万ダメージ - ねとらぼ
*3) これ書いている間に跳弾経由で連携して『跳弾払い散水』とか『跳弾エンド』でなんとかなった。

 相変わらずアカデミックさの欠片もないわたしは脳内サンディエゴな冒頭からスタートしましたが、今回はオゾンホールの話をしようと思います。


  1. オゾンホールとは
  2. オゾンホールの歴史
  3. これからのオゾンホール



1. オゾンホールとは


 オゾンホールは成層圏のオゾン(O3)が減少する現象です。

 まずオゾンO3の大気中での主な働きを見るために、オゾンの量と気温の鉛直分布を見てみることにします。


 上の図は米国標準大気[Atmosphere U.S.; 1]という、「とりあえず昨今の地球の大気はこんなふうになっているよ(*4)」というざっくらばんな大気状態をグラフにしたものです。図中、青が水蒸気量、橙がオゾン、緑が気圧、赤が気温を示します。それぞれの線をひとつの図で表すために、値の倍率を一部変更しています。
*4)ただし1976年のものなので、二酸化炭素の量が現在よりもずっと少なかったりしますが、まぁ今回はそこは関係ないのでご愛嬌。

 グラフを見てわかるとおり、オゾンは高度10kmから60kmあたりに分布しており、40kmより少し下あたりで最大値があることがわかります。同時に、気温もこの付近で極大になっています。

 オゾンと気温の関係から推定できるとおり、オゾンの大気中での主な効果は、光を吸収して上空の大気(特に成層圏といわれる11-50kmくらいの高度)を温めることです。

 人間は波長の違いによって、光を色として認識します。具体的には、波長が長いほど赤く、波長が短いほど紫として認識します。紫色に認識できる波長よりさらに短い波長となると、紫外線(紫よりもさらに外側の)と呼ばれる人間の認識できない光となります。特にオゾンによる吸収が強いのはこの紫外線の領域で、具体的には0.28μm(0.28の千分の一mm)以下の光です。
 光は波長が短いほどエネルギーが高いため人体にとって危険ですが、オゾンが存在していることでそれらを吸収し、その危険性が抑えられているというわけです。オゾンは光を吸収してエネルギーを得て、大気を温めます。

 余談ですが、グラフのオゾン濃度の最大高度と気温の極大高度は近いですが、一致しないことに気づいた方は良い着眼点を持っています。オゾンが大量にある場所ほど、オゾンが紫外線を吸収するのでより温めそうですが、そうはなっていません。
 この原因は、オゾン濃度極大高度ではオゾンは多いですが、吸収される紫外線は少なくなっていることです。光は上空から降り注ぐため、オゾンが少ない領域で先にそれらを吸収してしまえば、それより下の領域でオゾンが多くともそれほど温度は上がらないというわけです。

 このように紫外線を吸収し、上空の大気を温めるという重要な役割を担うオゾンですが、1900年代後半に、特に南極上空でその量が減少するという現象が観測されました。これがすなわち、オゾンホールです。


2. オゾンホールの歴史


 オゾンホールは1900年代後半に発見されました。オゾンホール形成の原因となるオゾンの破壊は、冷媒などに用いられていたフロンなどから作り出される物質が原因であるとされています。

 ではこのオゾンホールは誰によって発見されたかというと、実は日本人だったといわれているようなそうでもないような。
 なんかやけに曖昧な表現ですが、学生時代、

教授「オゾンホールを発見したのは日本の人なんだけど云々」
管理人「ほーん(どうでもいい)」

 みたいなやりとりがあったことは覚えているが細かいことはあんまり興味がないので覚えていない。
 
 さて、実際どうだったかと調べてみると、忠鉢さんという方が発見したとされています。

→気象庁気象研究所|過去の研究成果|オゾンホールの発見

 それまでいろんな国でオゾンホール(あるいはその余波)のようなものは観測されていたのですが、データの異常と感じられて捨てられていました。しかし南極昭和基地で観測をしていた忠鉢さんは異常とせずにギリシャの学会で発表。論文にはせず、論文化したのは他国の研究者だという半端な結果に終わっています。

 では認識としてはどうかというと、たとえば(引用として適切かどうかというとアレなのだけれど面倒だから)日本のWikipediaから引っ張ってくると、

人工衛星の映像が、まるで穴があいたように見えることからオゾンホールと呼ばれるようになった。南極上空のオゾンが毎年春期に減少することの発見は、ジョセフ・ファーマン、ブライアン・ガードナー、ジョナサン・シャンクリンの1985年の論文 (Farman et al. 1985 "Large losses of total ozone in Antarctica reveals seasonal ClOx/NOx interaction." Nature, 315, 207-210) によって発表されているが、最初の報告は1983年12月の極域気水圏シンポジウムおよび翌1984年ギリシャで開かれたオゾンシンポジウムでの、気象庁気象研究所(当時)の忠鉢繁らによる日本の南極昭和基地の観測データの国際発表である。
その後、ストラスキーらが人工衛星ニンバス7号の解析映像を発表し(Stolarski et al. 1986 "Nimbus 7 satellite mesurements of the spring time Antarctic ozone decrease" Nature, 322, 808-811)、オゾンホールがマスメディアを通じて一般に認知されるようになった。
オゾンホール - Wikipedia(最終更新 2017年10月29日 (日) 20:43)より

 とあり、いちおう日本では忠鉢さんが先駆けて発表したというのは認識されていることになります。
 では外国ではどうかというと、

南極の「オゾンホール」は英国南極調査隊のFarman、Gardiner、およびShanklinによって発見され、科学者たちに衝撃を与えた(最初の雑誌掲載は1985年5月のNature誌である[93])。これは極域のオゾン量が予想よりも遥かに減少していたためである[35]。衛星観測では南極点周辺でオゾンが大規模に減少していることを示された。しかし当初はデータ品質検証アルゴリズムが不十分であると考えられ、このオゾン減少は取り除かれていた(オゾン量が小さくなるのはエラーと考えられ、除外されていたのである)。現地観測によってオゾン量減少が捉えられて[60]からようやく生データが再検証され、オゾンホールは衛星データによって観測されるようになったのである。計算プログラムがエラーと想定した除外を行わずに再計算してみると、オゾンホールは1976年からすでに存在していた[94]。
The discovery of the Antarctic "ozone hole" by British Antarctic Survey scientists Farman, Gardiner and Shanklin (first reported in a paper in Nature in May 1985[93]) came as a shock to the scientific community, because the observed decline in polar ozone was far larger than anyone had anticipated.[35] Satellite measurements showing massive depletion of ozone around the south pole were becoming available at the same time. However, these were initially rejected as unreasonable by data quality control algorithms (they were filtered out as errors since the values were unexpectedly low); the ozone hole was detected only in satellite data when the raw data was reprocessed following evidence of ozone depletion in in situ observations.[60] When the software was rerun without the flags, the ozone hole was seen as far back as 1976.[94]
Ozone depletion - Wikipedia(This page was last edited on 6 April 2018, at 18:57.)日本語は管理人訳。

 となっており、英Wikipediaでは忠鉢/Chubachiという名前は一言も出てきません。
 まぁWikipediaに書かれている内容が一般の知見だというわけではないのですが(*5)、
*5) Wikipediaを書いているっていう人を見かけたことがないし。ゲームの攻略Wikiならともかく。最強リセマラランキングとかが載っていないほうの。

 ところで、英Wikiのほうに、

the ozone hole was detected only in satellite data when the raw data was reprocessed following evidence of ozone depletion in in situ observations.[60]

とあります。
 in situという慣用句が出てきますが、一般的にはたぶんあまり使われない表現だと思います。英和辞典を紐解いてみても、

in situとは
主な意味
本来の場所で、もとの位置に

というふうにしか書かれていませんが、地球物理学で"in situ"という表現が出てきたら、現地観測で、という意味になります。いや、本題にぜんぜん関係ないんだけど。

 話を戻します。上の文には[60]という引用番号が振ってありますが、これはReiner Grundmannさんという方が2001年に書いた『Transnational Environmental Policy : the ozone layer』という本を参考にしましたよ、ということのようです。Google Scholarという論文の検索・引用に使えるサイトで上のタイトルを調べてみると、『Transnational environmental policy: Reconstructing ozone』[Grundmann 2002; 2]という本がヒットしました。なんか微妙にタイトルが違う&年がちょっと違うのが気になりますが、うーむ、改訂したのだろうか、悩んでいても仕方がないので、同じ作者だしまぁいいかということでちょっと引用してみると、オゾン層の発見については以下のように書いてあります。

英国チームが結果を発表する前に日本の研究者たちが南極のオゾンの異常を発見した。だが彼らは国際的な大気研究コミュニティからは分離していたため、国際社会に警鐘を与えることはなかった。それはわずか11ヶ月のデータだった。日本人グループは1984年にギリシャで行われた国際学会でポスター発表を行い、これはFarmanたちの発表よりも1年早かった。結果は有名な雑誌には発表されることはなかったが、無名のところで出版された(Chubachi 1984)。彼らが自分たちの結果の重要性を理解していなかったと言ってしまうのは言い過ぎではないだろう。10月の並外れた値が観測されていたのだ。だがその結果は同じ分野の研究者にも世界にもまったく関心をもたらさなかった。日本人たちは南極でオゾンを計測し、確かに異常なオゾン量を観測したのだ。彼らはギリシャの学会でポスター発表をして、その結果はご存知の通りだ。誰も注意を払っていなかった。だがポスターで発表したところで、どれだけの人が見てくれるだろう。誰も注意を払っていなかったのだ。観測していたはずの異常な値を。
Even before the British team published their results, a Japanese group of researchers had found abnormal ozone values in the Antarctic. However, because they were isolated from the rest of the international community of atmospheric researchers,
they did not and could not present their findings in a way that would have alarmed the world public. Their data contained only a time series of 11 months.
They presented them in 1984 during a poster session at an international scientific
ozone conference in Greece, one year before the publication of Farman’s results.
The results were not published in a major journal but in a rather obscure
outlet (Chubachi 1984). It seems no exaggeration to say that they did not realise
what they were measuring. They stressed the anomaly of an exceptional high
value in October (which occurred after the concentration had dropped to 240
DU). In other words: their framing did not catch the attention of their colleagues
nor of the world public. The Japanese were measuring ozone in their station in Antarctica. And they found abnormal ozone levels. They reported that in a meeting in Thessaloniki. They had a poster, and you know how people look at posters. Nobody really paid attention. They had abnormal values, so what?
Grundmann, R. (2002). Transnational environmental policy: Reconstructing ozone. Routledge.より。日本語は管理人意訳。

 というわけで「大事な発見はちゃんと発表しろよ」ということで、研究者としては身につまされる想いですね! でも英語とか苦手なの! 学生時代も「国語だけは異常にできる」って言われてたの! なんで理系に進んだんだ。


3. これからのオゾンホール


 経緯はともかくとしてオゾンホールは発見、それまで有用かつ無害だと思われていたフロンなどが地球環境に大きな影響を与えるということがわかり、規制が進みました。

 オゾンホールの発見から約35年。現在はいったいどうなっているかというと、2016年に"Emergence of healing in the Antarctic ozone layer"(「南極オゾン層の回復」)という論文がSusan Solomonという人物らによって発表されました[Solomon et al., 2016; 3]。

 この論文は、

図2のモデル計算の傾向比較から、9月に南極オゾン層の回復の兆しが見て取れる。これは対流圏のオゾン破壊物質の減少事実と矛盾しない。傾向がはっきりするまでは時間を要し、対流圏から成層圏への物質輸送による時間差もあるが、徐々に極域のオゾンは徐々に回復の傾向を示している。
The comparisons of the modeled trend profiles in Fig. 2 provide an important fingerprint of the onset of healing of the Antarctic ozone layer in September. This is consistent with the basic understanding that re- ductions in ozone-depleting substances in the troposphere will lead to a healing of polar ozone that emerges over time, with lags due to the transport time from the troposphere to the stratosphere, along with the time required for chemically driven trends to become significant relative to dynamical and volcanic variability.
Solomon et al. (2016)より。和文は管理人意訳。

とある通り、通常、オゾンホールが最も大きくなる10月ではなく、発生し始める9月に着目することでオゾンホールの回復傾向を示した論文です。
 オゾンホールの回復傾向について言及されたのはこの論文が初めてではないのですが、「Solomonが発表した」という点でこの論文は他とは一線を画します。

 Solomonがどういう人かというのを説明するためには、IPCCについて説明する必要があります。
 IPCC(Intergovernmental Panel on Climate Change=気候変動に関する政府間パネル)というのは数年ごとにおえらい学者が集まってもにょもにょ会議を行いつつ、気候変動の評価をする組織です。もにょもにょと会議をした結果は評価報告書としてまとめられるのですが、これは各国の政府に大きな影響力を持ちます。

→IPCCとは? | IPCC 第5次評価報告書 特設ページ

 一部は日本語化され、わかりやすい形にまとめられているので見てみると気候変動の現在がわかりやすいと思います。
 IPCCの最新の評価報告書は2013年の第5次ですが、Solomonはその前の第4次ではグループ1の共同議長を務めています。ようは四天王みたいなものです。「ヒャッハー、オゾンホールくらいぶっ潰してやるゼェ!」という狂戦士タイプでしょう。いつの間にかいなくなっていて、冷静軍師タイプに「奴ならもう出発しました」とか言われています。ソロモンなので悪魔を操って戦うとかそういう人だと思います。たぶん(*6)。
*6) 知らんけど。

 そんなSolomonが「オゾンホールが回復傾向に入った」と発表したので、この論文は大きなインパクトがありました(*7)。
*7) 個人的には論文読んで、この段階ではどうなんだろうなー、と思ったけど。うーむ。 

 オゾン破壊物質を減らしている以上は徐々に回復傾向にはあるわけで、オゾンホールの回復は時間の問題でしょう。環境問題への対処が上手く行っているということで、これ自体は喜ぶべきことです。

 しかしながら、実はこのオゾンの回復が地球温暖化に影響を与える可能性があったりするのですが、この話はまたの機会に。


 ちなみにオゾンは空の青さにも(特に陽が沈んでから)関係したりしますが、こちらもまたの機会にでも。




参考文献
[1] Atmosphere, U. S. (1976). Standard atmosphere. NOAA-S/T76-1562.
[2] Grundmann, R. (2002). Transnational environmental policy: Reconstructing ozone. Routledge.
[3] Solomon, S., Ivy, D. J., Kinnison, D., Mills, M. J., Neely, R. R., & Schmidt, A. (2016). Emergence of healing in the Antarctic ozone layer. Science, aae0061.

2018年4月8日日曜日

観測隊/南極ごはん


 今月誕生日だったので、誕生日会の罰ゲームでローションをぶちまけられネトネトになりました

 な……何を言ってるのかわからねーと思うが、おれも何をされたのかわからなかった……。
 頭がどうにかなりそうだった……。
 南極事業だとか誕生日会だとかそんなチャチなもんじゃあ断じてねえ。
 もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……。

 というわけで誕生日会罰ゲームでしたが、本当の誕生日まではちょっとだけ日があるのでまだギリギリ二十代です。ギリ。あと数日は。ギリ。まだいける。



 あと桜に短冊が吊されていたのですが、なんか違う儀式と勘違いしていませんか(何割かこのブログの存続を揺るがしそうな短冊があったため切り取っています)。

 さて、今回の誕生日会は兼花見で、ラーメン、寿司、唐揚げ、おでん、その他つまみなどが出てきて舌鼓を打ったので、本記事では南極行動中の食事について書こうかと思います。

 南極地域観測隊で得ることが可能な食事を大きく分けると、以下のようになります。


  • 砕氷船しらせ
    • しらせでの食事
    • 個人持ち込み・免税品
    • 自販機
  • 昭和基地夏期間
    • 一夏での食事
    • 中間食
    • 野外糧食
  • 昭和基地越冬期間期間
    • 管理棟での食事
    • DEV倉庫
    • 喫茶・バー


砕氷船しらせ

-しらせの食事


 砕氷船しらせでの朝・昼・夕の食事はしらせ乗船の海上自衛隊員が調理したものが基本となります。海上自衛隊の領域は観測隊とは別なので、具体的にどのような管理になっているかはわかりませんが、調理専門の自衛隊員がいるというよりは、持ち回りで調理の当番があるようです。

 自衛隊の食事といえば糧食レーションですが、基本的に配給される食事は普通の食事です。ただし以下のような特殊な規則性もあります。
  • 水曜日 - 朝にパン
  • 金曜日 - カレー
  • 九のつく日 - 肉が出る
海上自衛隊といえば金曜日にカレーは有名かと思います。曜日感覚をなくさないようにするための慣習と聞いた覚えもありますが、昨日何食べたか思い出せないのにカレー食べたくらいでは余裕で曜日くらい忘れます。

 水曜日のパン食と九のつく日に肉は何が由来なのかわかりませんが、もしかすると海上自衛隊ではなくしらせ特有の文化かもしれません。


 餅つきやクリスマス、正月といったイベント時などはそれに合わせておせちなどの季節感ある食事も振る舞われます。また、地方の伝統料理が出てくる場合もあり、その際は艦内放送でその説明がなされたりもします。



-個人持ち込み・免税品


 食料品や飲料の個人持ち込みは可能で、おやつや酒、そのつまみとして飲食可能です。ただし観測隊はオーストラリア経由でしらせに乗船しますが、オーストラリアは食料品の持ち込みが非常に厳しいため、空路での食料持ち込みは基本的にできないと思った方が良いでしょう。オーストラリアに到着してからの購入も可能です。フリーマントルではリトルクリーチャーというビールが有名。


 また、国立極地研究所経由で免税品をあらかじめ購入しておくこともできます。免税品として購入できる物品の種類は主に酒・ソフトドリンク・菓子・カップ麺といったところです。これらの品々は全体にするとあまりに大量なので、全員の作業で配分されます。



-自販機


 しらせには自販機があり、日本円にて購入が可能です。ラインナップは飲料のみで、サービスエリアにあるような食物の自販機はありません。ちなみに賞味期限はわりと怪しいです。





昭和基地夏期間

-一夏での食事


 12月終わりのしらせ昭和基地到着から1月末までの夏期間の間、しらせで新たにやってきた隊は第一夏宿舎(一夏)で食事をとります。このときの食事は砕氷船しらせの食事と基本的に同じで、観測隊の調理担当ではなく、支援に来ている自衛隊員が調理を行います。材料はしらせから持ち込んでいるものなので、しらせ滞在時と大きくは変わりません。

-中間食


 夏期間の作業が開始されるようになると導入されるのが「中間食」という概念です。簡単に言い換えればおやつですが、いわゆるおやつと違うのは15時だけではなく、10時ごろにもとるということです。

 内容は菓子パンと缶飲料などで、まさしくおやつと呼ぶに相応しいものですが、夏期間の間は設営(建設や建築)作業に追われる日々が続くため、肉体疲労を癒してくれる中間食は非常に重要です。

-野外糧食


 夏にのみ限らないのですが、仕事によっては昭和基地に着いてからは基地外で活動する機会があります。南極にはコンビニが(たぶん)なく、食べられる作物は生えておらず、基本的に狩猟もできないため、野外に出るなら食料を持っていく必要があります。


 ドームふじなどの長距離に旅行する場合はまた別ですが、通常の夏期間の旅行の場合は、昭和基地到着前の糧食配布日にあらかじめ配られた糧食をやりくりしていくことになります。数日ならともかく、数週間の行程ともなるとその食料はダンボールで数十個となり、運搬するだけでも大変です


 冷蔵・冷凍品も配布されますが、そのような品物は船内の冷蔵庫に入れておいて複数回に分けて運搬するか、雪の中に埋めておいて保存する必要があります。




昭和基地越冬期間


-管理棟での食事


 夏隊が帰還し、越冬隊だけが昭和基地に残されたあと、隊員たちは管理棟という総合施設に入居することになり、食事もそこでとるようになります。管理棟二階の食堂でとる朝昼夕の食事は観測隊調理担当が作るもので、比較するものでもありませんが、夏時期に比べると豪華でバリエーション豊かな食卓となります。


 またしらせ乗船時や夏時期は食事中に酒を飲むことができませんでした(制限されているというよりは、単に食事に出されない)が、越冬期間に入ってからは食堂の冷蔵庫に入っている酒を自由に飲むことができます。酒類およびソフトドリンクは倉庫棟大型冷蔵庫に保管されていて、毎日の当直が倉庫棟冷蔵庫から食堂冷蔵庫へと運びこみます。


-DEV倉庫


 欲に魅せられし闇の眷属たちの餌場——それがDEVデヴ倉庫です。


 DEV倉庫には菓子類やカップ麺の類が収められており、「冬来たる。寒さには脂肪を」を標語に掲げる一族が徘徊しています。調理担当によって管理されていて、開封されているダンボールの中のものは自由に取って良いことになっています。だいたい二、三週間程度の周期で新たなダンボールが開封されるようです。


 一度に開けられるダンボールは十箱程度ですが、その内容物は三日と経たずに九割以上が「彼ら」の胃袋の中に収まってしまうことがこれまでの観測で確認されています。ただし都こんぶなど、一部減りが早いものもあるようです。


-喫茶・バー


 生活係の喫茶係ではコーヒー、紅茶のほかに菓子を作り、提供しています。たとえば今週の喫茶では抹茶チョコパウンドケーキを作りました。作成する菓子の材料は調理から提供してもらい、支援のもとでの作成です。


 また、バーではビール、ワイン、日本酒、焼酎、ウィスキーなど種々様々な酒類とともに酒の肴となるつまみを作成して提供しています。




 
© この星を守るため
Maira Gall