2019年1月26日土曜日

その他/ドーム旅行中に書いていたもの

 1月23日に約2.5ヶ月のドームふじ旅行から帰還し、昭和基地に戻りました。

 Twitterでもリンクを載せましたが、ドーム隊としての行動中、ドーム隊執筆によるブログが衛星経由のメール転送で掲載されていました。




 こちらに一回くらい書こうかな、と思って文章自体は書いたのですが、完成してから「また(*1)検閲喰らって本来の意図ではないものが掲載されるのが面倒だな」と思い、結局封印したままとなりました。
*1) 昭和基地Nowの原稿とか、地方紙に寄稿した原稿とか。

 このまま封印しても良かったのですが、2月からは砕氷船しらせに乗るので、日本帰国まではまた更新が拙くなる予定(メール経由でテキストのみの更新はできなくもないですが)ということを踏まえ、少しでもブログのかさ増しをするために以下に掲載することにします。





 60次ドーム隊です。

 自分は60次隊ではなく、59次越冬隊の人間です。本来ドーム隊に参加する予定はなかったのですが、越冬中にドーム隊がひとり足りなくなったという連絡があり、(昭和基地からいなくなっても特に不都合がない人員なので消去法で)59次から生贄に捧げられました。

(1月4日)現在、MD528という地点でこの記事を書いています。MDというのは「みずほ基地ードームふじ基地間ルート」のことで、ほぼ2kmごとに2間隔でポイント番号が割り振られています。なのでMD528であれば、「みずほ基地からドームふじ基地へ向かうルート上で、みずほ基地から528km地点」を指すことになります。みずほ基地は昭和基地から約250kmの地点のため、昭和基地へ戻るためにはまだ750km以上の距離を走破しなければなりません。内陸に広がっているのはただ静謐なことだけが取り柄の雪原のみで、ペンギンやアザラシといった生き物は基本的に存在せず、野生で存在するのは汚いおっさんとシャワーを浴びた直後の小汚いおっさんだけです。

 60次ドーム隊はドームふじ近くでのベースキャンプでの観測を無事に終え、昭和基地への帰路にあります。他の投稿記事を読んでいないので正しいドームふじ旅行が伝わっているのかわかりませんが、おそらく一般の読者の方はこの旅行でやることはアイスコアを掘ったり、肉を焼いたり、娘の下の歯を穴に落としたりすることだと思っていることかと思います。

 しかし正しいドームふじ旅行というのは、延々とドリルでアイスコアという氷の棒を掘り出して袋詰めしたり、「ご冗談でしょう?」と言いたくなるような距離と時間をひたすらアンテナのついた車両で雪原を走り回ったりといったものです。「ご冗談でしょう?」という表現がリチャード・ファインマンの次に似合うのは南極観測隊レーダーチーム以外にありません。

 そんな作業を終えての帰路なわけですが、簡単に帰れるわけではありません。南極を舐めるな。上で述べたように、まだ700km以上の距離が残されています。南極でも夏期間はDROMLANという飛行機網が利用可能ですが、大量の観測機材や物資の輸送に飛行機が不向きであれば、車両で地道に走行するしかありません。ドーム隊で利用する主たる雪上車は、キャタピラを備えたSM100という大型雪上車です。出せる速度は時速10kmがせいぜい、夏暑く、冬寒く、取り柄というと古くても頑丈という京都府みたいな車両です。14時現在、車内温度を計測してみたらプラス33.1度でした。夏か。夏だ。外気温はマイナス26度です。特に何の準備もなしに50度差が体感できます。



 このクソ暑い、失礼、非常に暑苦しい車中でテンパー(雪上車のハンドルのようなもの)を握り締めながら考えることといえば、誰しも共通していて、

  • ・早く帰りたい
  • ・お金が欲しい
  • ・自分の責任問題が起こらないで欲しい

くらいのものです。日本にいるときとあまり変わらない。

 ちなみに南極観測隊には南極手当というものがあり、一定緯度以南での場所で活動した日数分だけ追加の手当が支給されます。しかし長時間の運転や作業を続けても、特に給料が増えるわけではありません。しかも計算してみると、一年三ヶ月働いても歌舞伎町で豪遊したら腎臓を売ることになる程度の金額にしかなりません。計算しなければ良かった。現在60次ドーム隊はノルウェー極地研の職員2名と同行しているのですが、ノルウェーでも南極手当に相当するものがあるものの額面は「非常に高額」だそうです。ああ金が欲しい。すまん本音が出た。



 そんなふうにお金が欲しいなぁ、と考えながら雪上車を走らせ続ける帰路です。往路ではブリザードという天然の祝祭日が我々に閑暇スコレーを与えてくれていましたが、まだ内陸部ではそれも期待できません。毎日広がるのは青空ばかり。あー眩しさに腹が立つ。労働の道徳性は奴隷の道徳性である、とバートランド・ラッセルとともに怠惰への讃歌を謳ったところで、代わり映えしない道を運転し続ける毎日です。祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理を表す。驕れるものも久しからず、ただ春の夢の如し。猛きものもついには滅びぬ。ひとへに風の前の塵に同じ。平家物語巻之第一頭、祇園精舎。


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Maira Gall