2018年7月29日日曜日

観測隊/情報発信

 朝起きたら小さいシーツのようなものが足元にあって、「シーツが分裂して新しいのが生まれたか」と思ったら白い服でした。な……何を言っているのかわからねーと思うが、おれも何をされたのかわからなかった……。催眠術だとか超スピードだとかそんなチャチなもんじゃあ断じてねえ。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……。

 どうやら寝る前に洗濯物を畳んでベッドの上に置き、それを忘れたまま寝たようです。それ自体はわりとよくあるのですが、今回は衣服が綺麗に畳まれた状態を保ったままだったので、新たなシーツが誕生したのかと思いました。脳は正常です。

 さて、ミッドウィンターが終わり、極夜も明け、忙しい時期が続いているわけですが、極夜の間にミッドウィンター祭以外に集中して行なっていることがありました。

 それは南極教室と呼ばれる、日本の学校とビデオ接続して昭和基地を紹介する情報発信広報活動です。
 また、南極中継と呼ばれる、学校に拘らない場所との中継もここのところ行われています。先日は静岡の静岡科学館科学茶房と中継があり、出演させていただきました。

 こうした活動は特に極夜時期のみ行っているわけではありませんが、極夜の期間は外での活動が少なく、逆にいえば他の時期は観測・設営活動に精を出さなくてはならないため、しぜんとそれ以外の活動がこの時期に多くなるわけです。

 今回はこの情報発信について書いていきたいと思います。

 さて、まず南極観測隊からの情報発信としては、主として3種類のルートがあります。


  1. 南極本部または国立極地研究所が発信元となって行うもの
  2. 同行記者による取材
  3. 隊員個人のSNS等による情報発信


1) 南極本部または国立極地研究所が発信元となって行うもの
 南極本部や極地研が公式に発表するものですが、

  • 重要な情報に関する報道発表
  • 公式ホームページでの発表・個別の機構及び雑誌等への定期掲載
  • 南極教室・南極中継・南極授業

が主としてあります。

 重要な情報に関する報道発表というと、たとえば南極の氷床下に埋まっていた謎の遺物を掘り返したことで目覚めた物体が隊員たちに寄生して暴れまわり始めた、だとかが思いつきますが、それ以外にも、昭和基地に接岸した、というような毎年行われることでも重要な情報として報道発表に回されるものもあります。
 注意点としては、これらの報道発表する予定の情報は、報道発表が行われるまえに(後述するSNSなどで)個人で発信してはいけないということです。発信自体は可能ですが「先にしてはいけない」のです。

 実際に個人で発信した場合にどうなるかは伝えられていませんが、たぶん昭和基地引き摺り回しに処さるか鋸引きだと思います。なのでThe thingとかブリザーガ、ジャムなどが迫っている状況で自撮りして「昭和基地壊滅なうw」(*1)となどとTwitterに投稿することはできず、隊長から極地研へ、極地研から南極本部へ、本部から報道機関へ、機関から公表されたのを確認してからようやく投稿できます。
*1) そういえばなうって聞かなくなったな。

 公式ホームページでの発表や個別の機構及び雑誌等への定期掲載に関しては、どちらも極地研広報室を通して行われます。公式のものとしては、
→南極観測のホームページ
→昭和基地NOW
です。ここに隊員が記事を寄稿する場合、基本的には極地研広報室から隊長・庶務経由で依頼があり、隊員が執筆、隊長・庶務に戻してから広報室を通って掲載されます。
 これ以外の媒体に掲載される場合でも基本的にこの流れは同じで、極地研広報室を経由してもらわないと掲載はできません。なので依頼がある場合は一度極地研へ打診してもらい、そこから南極本部で検討したのちに依頼を受けるかどうかが決定されます。

 南極教室・南極授業・南極中継はTV会議システムを利用したリアルタイムでの中継システムです。


「南極や昭和基地のことを紹介する」「リアルタイム中継である」「一般の人間に向けて発信する」といった点は共通ですが、違いとしては以下の通りです。


場所対象主たる発話者時期
南極授業派遣教員の学校学生派遣教員
(夏季同行者)
南極教室隊員に関連した学校学生越冬隊員越冬
南極中継科学館
サークル会場など
団体関係者
参加聴衆など
越冬隊員越冬

 上の表の通り、南極教室と南極授業は、場所が学校であり、対象が学生であるという点は共通です。違うのは夏隊同行者である現職派遣教員によって行われるか、それとも越冬隊員によって行われるかという点です。



 南極授業のほうは、夏時期は外に観測に行っていることが多かったのでよく知りませんが、南極教室は相当のコストをかけて行われています。具体的には、

  • ビデオカメラなどの本格的な機材を用いての中継
  • MCのほか、ディレクターやタイムキーパー、AD、照明係の存在
  • ちゃんと台本がある

などです。対象が若い学生だからかしっかりしていますが、そのぶん自由度が低いというか、枠がきっちりしすぎている感がないでもないです。



 一方で南極中継はというと、こちらは、

  • iPadなどを用いた簡易的な中継
  • 大型機材を使わず、授業でもないので最低限の人数で可能
  • 台本がない場合があり、MCの裁量が大きい

といったところ。



 上のように書いてしまうと、中継のほうはものすごくいいかげんにやっているように聞こえてしまいますが、最低限の人数で簡易的な装置を使うということは動きが軽く、コードという物理的な制約のあるビデオカメラでは行けない場所、たとえば外の広場から中継を行うこともできるということです。



 また、台本がなくMCの裁量が大きいため、時間の使い方も中継先の状況や実際の進行に従って決めることができ、内容もそれぞれの開催場所に合わせて決定することができます。南極教室はある程度の大枠が決まっているため、何度も見る人がいたら途中で飽きられてしまうでしょう(*2)。そういうわけで、個人的には南極中継のほうが好きです。楽だし。
*2) 「おれは南極教室のために各地の小学校を転々としているぜ」という小学生20年のプロの南極教室リピーターだとかには。


2) 同行記者による取材
 過去には日本新聞社から派遣された同行記者が観測隊に加わっていたことがありました。しかし今回の59次隊では派遣記者はいないので、この「同行記者による取材」がどんなものなのかはよくわかりません。

 ただし今回は「企画提案取材」というメディア関係者の取材による採択枠があり、NHKからの同行者が2人採択されていました。過去の記録を見るとNHKはしばしば昭和基地を訪れ、取材を行ったり、送受信設備を建設していたりしたようです。


3) 隊員個人のSNS等による情報発信
 観測隊員による個人的な情報発信も認められており、本ウェブログ『この星を守るため』もそうした個人情報発信のひとつです。

 さて、個人の情報発信については3つの規制があり、それは、

  • 未公表の公式情報を扱わない
  • 開設しているHP等のアドレスを隊長・情報発信、広報室に告知する
  • 公序良俗に反したり、観測隊の名誉を傷つけてはいけない

というものです。ちゃんとこれに従っているかどうか見てみると、

・未公表の公式情報を扱わない
→そもそも時事ネタをそんなに扱っていないうえに、何かが起きてから記事にするまでが遅いので未公表の情報がない。

 よし、大丈夫。

・開設しているHP等のアドレスを隊長・情報発信、広報室に告知する
→航行中のHPを確認し難い時期とはいえ、通達した。

 よし、大丈夫。


・公序良俗に反したり、観測隊の名誉を傷つけてはいけない


 本日は以上です。

2018年7月14日土曜日

観測隊/夏訓練と冬訓練


 →前回の記事でも触れましたが、六月後半はミッドウィンター祭でした。

 箝口令が敷かれているため詳細は話せないのですが、我々の『円周率は3』という頭の悪さが溢れ出る最年少チームが優勝。結果としてわたしは景品のトートバッグを得て、洗濯物の入れ物として使えるようになりました(*1)。
*1) それまではオーストラリアで買い物したときのビニール袋を使っていた。

 昭和基地はそんな6月だったのですが、日本ではというと、60次隊の夏訓練のお知らせが来ていました。

 →スケジュールの話のときも書きましたが、観測隊は候補者となった時点で、2-3月ごろに行われる冬訓練、6月ごろに行われる夏訓練に参加することになります。これらの訓練、いちおう参加は任意ということですが、ほらなんかこう、あれじゃん、実質強制じゃん、ねぇ、強制じゃん、というアレです。

 今回はこの夏・冬の訓練に関するお話です。

 ちなみに今回使用する画像は、一部以前使ったものの使い回しです。撮った写真が家のPCに入れっぱなしで手が出せないので。クラウドストレージも漁ってみたのですが、いちばん古い画像がsl(*2)のキャプチャでした。なにわけのわからないもののキャプチャを撮っているのだ。
*2) lsというlinuxで非常によく使われるコマンドのパロディであるジョークコマンド。lsは対象ディレクトリのファイル一覧を表示するが、slは機関車を走らせる。いちおう昔は意味があったらしい。


 冬訓練は2月-3月ごろ、長野県のとある高原で5日間かけて行われます。

 冬訓練の目的は3つで、

  1. 観測隊員・同行者候補の相互の理解と親睦を深める
  2. 観測隊員・同行者候補として南極で必要な情報の提供および歴史・運営に関する講義。
  3. 南極での行動・安全に関する理解を深めるため、冬季の寒冷地における野外活動や非常時の技術の獲得。

となっています。昨今はこれらの目的も形骸化しているのではないか、などと囁かれていたりしますが、まぁ大きいのは1でしょう。たぶん。初顔合わせとなる観測隊が5-6人程度でグループを組んで宿泊、野外活動を行なっていきます。

 具体的に何をするかというと、まずは座学で観測隊に関する一般的な話、南極フィールドワーク学概論などもありますが、メインとなるのはルート工作、サバイバル訓練、雪上訓練などに関する行動に関する講義です。

 次に野外活動ですが、大きな野外活動は2つあり、ひとつは二日目の午後に行われるルート工作訓練です。これは宿泊施設近隣の園地で行われます。

 ルート工作というのは海氷上や氷床上に一次的に安全が確保された道を作る作業を指します。


 昭和基地は東オングル島という島の上にあるため、他の島や大陸に出かけるためには、海氷・氷床上を移動することが必要不可欠です。海氷・氷床上の危険についてはホワイトアウトやクラック、プレッシャーリッジにクレバスなどさまざまなものがありますが、これらの詳しい説明はあとに送るとして、今回はルート工作訓練そのものについてのみ説明します。

 訓練ではスタートとゴールのみ印がついている園地内の地図をあらかじめ渡されていて、まずは前日にルートを記入します。
 具体的には、

  1. ゴールに到達するまでの道程を、地図上から見て険しくならない場所、危険の少ない場所を中心に設定する
  2. 道程を複数の直線で区切り、各区切りを標識旗設置場所とする。
  3. 各標識旗設置場所に番号をつけ、前の標識旗設置場所から次の標識旗設置場所の磁方位や相対方位、距離、緯度経度を測る。

という流れでルートが設定されます。たとえば下の図のように。実際はこんな広い範囲をこんな大雑把にルート設定しないし、線の引き方もてきとうだけど、まぁイメージということで。



 当日はこのルートを実際に辿るわけですが、具体的にどう辿るかというと、

  1. コンパスで次の標識旗設置場所の方向を見つける。
  2. 次の標識旗設置場所に向けて(あらかじめ測っておいた)歩数・歩幅から計算される設定距離を歩く。
  3. 到達した場所に標識旗を設置する。
  4. 1に戻る。

となります。GPSで緯度経度を測定したりもしますが、こちらはあくまで補助。メインとなるのは伊能忠敬のように地道な手法なのです。

 グループごとに行うので、旗の設置、方位測定、歩幅による距離測定と分担はできるのですが、それでも予想外に時間がかかり、普通なら一時間もかからない距離を踏破するのに、その三倍以上の時間を要しました。しかも到達地点が予想とけっこうずれる。

 もうひとつは三日目の午前中から四日目の午後まで、丸二日かけて行われる一連のサバイバル訓練です。

 サバイバイル訓練は、

  • テント設営、負傷者の搬送訓練、ツェルトの使用方法などからなる一般的なサバイバル訓練
  • ツェルトでのビバーク体験
  • 雪上歩行、ロープワーク、クレバス脱出訓練などの雪上訓練

 などがありますが、簡単にいえば「荷物を担ぎカンジキを履いて山を歩き、テントを張り、雪の壁で風を避ける」というのサバイバル訓練の主たる内容です。


 実際にこれが役立つかというと、まぁあんまりこんな機会はないわけで、いまのところカンジキも履いていないしテントも訓練以外で張っておらず、雪の壁も作ってはおらず、「この訓練が(南極よりも)寒くて大変だった」というコメントさえある(前次隊のときは寒かったらしい)のですが、どちらかというと非常時の備えのようなところもあるかもしれません。個人的には山歩きがいちばん大変でした。体力なしなので。


 一方で夏訓練ですが、こちらは6月の半ばごろ、甲信越の温泉地の近くで行われます。温泉行きたいだけでは。


 こちらも座学と野外活動の2種類が主で、座学は越冬生活や設営、輸送、情報共有、装備などに関する情報を得ます。

 野外活動は夏季訓練では大きいものはひとつだけで、グループスコアオリエンテーリングというものを行います。
 これは、

  1. 地図を使ったナビゲーションに親しむ。
  2. 組織力を養う。

というふたつの目的に沿った訓練ということなのですが、ようは冬訓練でやったルート工作訓練をもっと簡易にしたようなものです。

 参加者は各班に分かれ、地図、コンパス、チェックボードを持ち、チェックポイントを辿っていくことになります。
 一般的な「スコアオリエンテーリング」というものがどういうものなのかはわかりませんが、簡単にいえば地図から目的地にどう辿りつけばよいか推定し、その通りに動くというだけです。穏やかな野外活動ですね? しかし闘争心盛んな野郎どもしかいないので、グループ間の競争が熾烈になり、最終的にはチェックポイント間を全力疾走することになります(*3)。辛ぇ。
*3) ポイントを稼ぐために「まだいける! いける! 諦めるな!」と松岡修造のノリでみんな走っていった。

 冬訓練と夏訓練はこのように座学と野外活動をふたつの柱としていますが、ほかにもロープワークや救命救急措置訓練など、南極で役に立ったり立たなかったりする技術を習得したり、早朝に起きてランニングをしたり、なんか縛ったりします。


 観測隊・同行者候補の方は、ぜひご参加ください(*4)。
*4) 自分はもういいや。

2018年7月2日月曜日

隊員/気象定常観測越冬隊員の場合


 この[隊員]ページ第59次南極地域観測隊の隊員のうち一部に個人的にインタビューをし、纏めたものです。個人の詳細については深く立ち入らず、内容は、

  • 南極での仕事 :何をするために南極に来たか
  • 南極に来た経緯:どうすれば南極に来られるか

に集約されています。


南極での仕事


 気象観測
 その中でも特に地上気象(温度計、風速計など)を担当。またS17の気象ロボット、雪尺観測なども担当している。

南極に来た経緯


 もともと地球化学科の研究室でフィールドワークに出た経験から、船関係の仕事がしたい、現場に出たい、いろいろな場所に行きたい、という理由で気象庁に入庁した。
 南極観測部に志願したのは、せっかくだから誰も行けないような場所に行きたい、という理由。

南極の感想


 南極はブリザードが吹き荒れ、非常に寒冷な気温となり、風が僅かな時間で大きく変わり、日本では体験できないような現象が起きるから、観測は面白い






管理人より


 南極の観測部門は基本観測と研究観測に分けられます。研究観測というのは基本的に研究者が属して各々の研究を行いますが、基本観測は定常観測やモニタリング観測といった、過去から継続して行われている観測を連続して行います。定常観測を受け持つのが気象庁職員で、越冬隊として5人来ています。今回紹介するのはそのうちのひとりです。

 気象庁の定常観測は単に観測してデータを取得するだけではなく、毎日の予報業務も受け持っており、毎日夕食後のミーティングでは、翌々日までのおおむねの天気や風速などを告知します。天気は言わずもがな重要な要素ですが、なんでもない日に秒速10メートルを、低気圧の接近に伴って秒速20メートルを、時には秒速30メートルを超える南極では、風速の予報は非常に重要で、外出禁止令や注意令も、気象の通報に基づいて行われます。

 今回は珍しいくらいまともな感想をもらいましたが、「地球化学科だったが入庁試験は物理だった」「そんなどうでもいいことは書かないでくれ」「南極では素晴らしい研究者の方々と出会えて光栄」「いやほんとほんと」などというコメントも並列していただきましたのであまり信用しないでください。理髪係なので二度髪を切ってもらいましたが、わたしは信用していません。

 ちなみに彼は先日、つまり南極に来ている間に第三子が産まれました。おめでとうございます。酷いブリザードの日だったため、仮称「ブリ男」という名前が勝手に他の隊員によって名付けられましたが、仮名が通らなくて何よりです。

© この星を守るため
Maira Gall