2017年11月26日日曜日

観測隊/観測隊構成


 これを書いている時点で26日。すなわち明日にはもう出発です。
 そんなわけでアパートを引き払い、空港に比較的容易にアクセスできる(*1)場所に宿をとりました。
*1) 以前の記事で解説したようなしなかったような気がしますが、本隊はオーストラリアまで航空機で、そこから観測船「しらせ」に乗船して南極へと向かう。

森鴎外が『舞姫』を執筆した場所ということで「きっと歴史あるから古い建物なんだろうなぁ」とか思っていたらテレビもあるしWi-Fiも通っていたのであった*2)。きっと鴎外もTwitterで漱石とレスバトルしながら(*3)『舞姫』執筆していたのでしょう。
*2) 我が家より近代的だ。
*3) しかも引用ツイートで。

 南極に出発する直前であまり時間がなく、さて何を語っておくべきか考えたところ、観測隊の細かい構成・内訳を解説していないことに気付きました。というわけで今回は第59次南極地域観測隊(JARE59)の構成について書いておきたいと思います。

 以前に→スケジュールの記事で書きましたが、JARE59は、
  • 夏隊 - しらせに南極で来て、南極の夏である12-3月に滞在する(4ヶ月くらい)
  • 越冬隊 - しらせで南極に来て、12-翌年の3月まで滞在する(1年4ヶ月くらい)
  • 先遣隊 - DROMLANで南極に来て、DROMLANで帰る(4ヶ月くらい)
  • 海鷹丸 - 海鷹丸で夏に南極海で観測を行う(2ヶ月くらい)
に分類されるわけですが、それ以前に「隊員」と「同行者」に分類されます。この違いですが、隊員ではないのが同行者です……といってしまうと身も蓋もないのですが、主要メンバーが隊員で、それで足りない場合に派遣されているのが同行者といったところでしょうか。同行者の中には学生の方もいますが、隊員はみな隊員採用されているという点も違います(*4)。
*4) あんまり細かいところ書くと生臭くなるのでこのへんで。

 今回の第59次の参加者の内訳は、
  • 隊員 73名
    • うち越冬隊 32名
    • うち夏隊 41名
  • 同行者 26名
    • うち夏隊 21名
    • うち海鷹丸 5名

で、合計99名です。先遣隊が数に入っていないように見えますが、先遣隊は夏兼任だったり越冬兼任だったりしますので、夏か越冬のどちらかに含まれている(はず)です。
 99名とわりといい数なので、ひと昔前に流行った「世界がもし百人の村だったら」とかいうのを思い出しますね(*5)。
*5) 思い出さない? テメー平成生まれだな?

 越冬隊は、
  • 越冬隊長(観測隊副隊長) - 1
  • 観測部門 - 14
  • 設営部門 - 17
となっています。合計数が隊員33人になっていることからわかるとおり、越冬隊は全員が隊員です。
 見ての通り、越冬隊での人数比は観測<設営となっています。長い冬に包まれる越冬期間、基地の状態を維持する設営がいかに重要視されているかということがここからわかるかと思います。

 もう少し細かく見てみると、その内訳は
  • 越冬隊長 - 1
  • 観測部門
    • 基本観測・定常観測・気象 - 5
    • 基本観測・モニタリング観測・宙空圏 - 1
    • 基本観測・モニタリング観測・気水圏 - 1
    • 基本観測・モニタリング観測・地圏 - 1
    • 研究観測・重点 - 3
    • 研究観測・一般 - 3
  • 設営部門
    • 機械 - 6
    • 通信 - 1
    • 調理 - 2
    • 医療 - 2
    • 環境保全 - 1
    • 多目的アンテナ - 1
    • LAN・インテルサット - 1
    • 建築土木 - 1
    • 野外観測支援 - 1
    • 庶務・情報発信 - 1
となっています。

 観測部門の基本観測・研究観測の違いについては→研究観測のところでそちらをご覧ください。
 定常観測の「気象」に関しては気象庁関連の気象観測ということで比較的想像しやすいと思いますが、モニタリング観測の「気水圏」「地圏」「宙空圏」という表現は少々わかりにくいかもしれません。気水圏は主に大気や海、地圏はいわゆる地学領域、宙空圏は気水圏で見る大気よりももっと高い領域をターゲットとした基本観測だと考えてもらえればいいと思います。

 設営部門に関して見ると、機械が6人ともっとも多くなっていますが、発電機、雪上車、電気設備などそれぞれが異なる作業を担当しています。どれも欠けた場合は基地機能の維持が難しくなるため、重要です。
 通信、調理、医療などは名前から何をするかが概ねわかりやすいかと思います。ちなみに医療の2名というのは一見少ない数字に見えますが、実は各国の越冬隊(あるいは越冬をこなす基地)で見ると、医療担当が1人しかいない場合もあり、日本は多めに医療人数を振っているといえます。

 一方で夏隊ですが、隊員としては、
  • 夏隊長(観測隊隊長) - 1
  • 観測部門 - 30
    • 基本観測・定常観測 - 5
    • 基本観測・モニタリング観測 - 3
    • 研究観測・重点研究観測 - 10
    • 研究観測・一般研究観測 - 11
    • 研究観測・一般研究観測兼萌芽研究観測 - 1
  • 設営部門 - 10
    • 機械 - 3
    • 建築土木 - 4
    • 野外観測支援 - 1
    • 輸送 - 1
    • 庶務・情報発信 - 1
これに加え、同行者として、
  • 同行者 - 26
    • 教育関係者 - 2
    • 技術者 - 4
    • 研究者 - 3
    • 大学院生 - 8
    • 外国人研究者 - 2
    • 報道関係者 - 2
    • 海鷹丸 - 5

となっています。

 越冬隊とは違い、夏隊は研究部門の人間が設営の3倍*6)となっており、夏に多くの研究者が訪れることがわかります。また、同行者に教育関係者や報道関係者がいるというところも夏隊の大きな特徴です。
*6) これは赤い(*7)。
*7) 仮面も被っているかもわからん。

というわけでJARE59観測隊の構成でした。出発前にあと1回くらい更新できるといいなあ。

2017年11月24日金曜日

その他/もふもふモフモフ


 11月25日(土)の20:15~20:43にNHK総合で放送予定の番組『もふもふモフモフ』の中で第一次南極地域観測隊に同行した猫「タケシ」が当時の映像で出演するそうです。

 この可愛さに全力を振り絞ったタイトルの番組がいかなる内容なのかは定かではありませんが、とりあえずねこが見たいという方はご視聴ください。
 なお、うちにはテレビはないので見られません。ねこでした

 よろしくおねがいします

観測隊/研究観測


 11/27に出発なのであと3日しかないのに、家が片付いておりません。

_人人人人人_
> やばい <
 ̄Y^Y^Y^Y ̄

 第59次南極地域観測隊(JARE59)の現地活動は大きくふたつに分けられます。
 ひとつが研究観測、もうひとつが設営です。
 家が片付いていないという危機的事態に目を逸らしながら、今回は南極地域観測隊の二大柱のひとつである研究観測の大きな構造に焦点を当てた記事となります。細かい研究内容についてはまたのちほど触れると思います。

 まずJARE59ですが、この研究活動は「南極地域観測第Ⅸ期6か年計画」(第Ⅸ期計画)の第二年次の計画ということになっています。この「第Ⅸ期計画」というものは南極地域観測統合推進本部総会(*1)という謎の組織によって計画されたものです。
*1) なんかすごい電気消した部屋で老人が集まっていそう。

 第Ⅸ期計画という名前からわかるように、これまでの57回の活動の中にⅠ-Ⅷ期までの大きな計画の枠組みがあり、58回目が第Ⅸ期の初年度、そして今回の59回目が第Ⅸ期の二年目というわけです(*2)。
*2) ギリシャ数字で書くとファルシのルシがコクーンでパージ感がすごいのだけれども、書類とかだとこうなっているので仕方がない。

 第Ⅸ期計画での観測内容は、大きく以下に分類されます。

  1. 基本観測
  2. 重点研究観測
  3. 一般研究観測
  4. 萌芽研究観測
  5. 公開利用研究
  6. その他


1) 基本観測
 基本観測は「定常観測」と「モニタリング観測」からなります。
 どちらも特定の研究のために観測を行うというよりは「とにかく観測する必要があるから観測する」というような立ち位置のものです。たとえば気象庁では過去のデータから→昭和基地の観測が常に確認できるようになっていますが、これも基本観測が「とりあえず観測しとくかぁッ!」というノリで観測してくれているおかげです。

 定常とモニタリングの違いですが、定常観測は情報通信研究機構、国土地理院、気象庁、海上保安庁、文部科学省が担当し、モニタリング観測は国立極地研究所が担当しているという点です(*3)。
*3) こういう細かいところはよくわからないので次に行こ。


2) 重点研究観測
 重点研究観測は「全球的視野を有し、社会的要請に応える総合的な研究観測」ということになっておりますが、南極の研究観測活動でいえば花形です。野球でいえば4番、フルコースでいえばメインディッシュ、ネウロでいえばドーピングコンソメスープ、Mount&Bladeでいえばランス突撃。

 メインテーマは「南極から迫る地球システム変動」ということになっており、さらに3つのテーマに分けられています。

2-1.「南極大気精密観測から探る全球大気システム」
 これは主に南極昭和基地大型大気レーダーProgram of the Antarctic Syowa MST/IS Radar(PANSYを用いて南極の大気が地球に与える影響を調べるという研究テーマです。

 そもそもレーダー(Radar)が何かと言うと、電波を発射してそれが「何か」にぶつかって戻ってきた反射波を捉えることでぶつかった「何か」に関する情報を得ることができるという観測機器です。
 電波を発射し、受け止めるという機構上、通常はある特定の方向に向いた形になっています(パラボラアンテナとか)。このレーダーのアンテナ(送受信機)の向きを動かすことで三次元的な情報を得ることができるのですが、機械というものは動作を増やすと故障しやすくなるため、特に環境の厳しい南極で動かすことは難しいです。

 しかしPANSYレーダーは1本や2本ではなく、1045本のアンテナを持つフェイズドアレイレーダーというレーダーの一種です。このフェイズドアレイレーダーは、レーダーアンテナそのものを動かすのではなく、発信する電波に仕掛けを施すことで機械的な動作を最小限に抑えて三次元的な情報を得ることが可能になっています。細かいことは→PANSYについてをご覧ください。

 PANSYは南極初の大型大気レーダーで、2011年(このときは第Ⅷ期)に初観測が始まっていました。今回の第Ⅸ期の重点研究観測では「もっとこのPANSYをガンガン使っていこうぜ!」ということになっているというわけです。

 ちなみに南極のPANSYレーダーと似たレーダーは国内にもあり、たとえば信楽のMUレーダーもフェイズドアレイ式のレーダーです。下の画像が信楽に行ってきたときのレーダーの写真です。大量に並んでいるものがアンテナで、これが動かずに三次元的な探査を可能としています。



 そしてこちらは信楽の狸の置物。


 これも狸の置物。


 これもっ! これもっ!


 信楽にはMUレーダーと狸の置物しかありません(*4)。
*4) 信楽の方は大人の気持ちでこのページは見なかったふりをしてくださいますようお願い申し上げます。

2-2「氷床・海氷縁辺域の総合観測から迫る大気ー氷床ー海洋相互作用」
 二つ目の重点研究観測は、海に関するものです。


 図は→南極地域観測事業の最近の成果 南極から地球・宇宙を見るの図から引用しました。横軸が年、縦軸がpH(水素イオン指数)です。pHとかいうものは遠い昔、遥か彼方の銀河系で理科の授業中にやったような気がしますが、覚えていない方が大勢だと思います(*5)。7が中性で7より高いとアルカリ性、低いと酸性を示します。
*5) 安心しろ、わたしもこんなん覚えてねぇ。

 通常、海水の表面は弱アルカリ性(pHが8くらい)になっており、図の緑点(観測値)も最初は8.1前後になっていることがわかりますが、この値が徐々に低くなっているのも見て取れます。この原因は二酸化炭素が海水に溶ける量が増えたことであると考えられており、今後二酸化炭素が増えていくとさらに酸性化が進むと考えられます。図中、赤がこのままの調子で二酸化炭素を出し続けた場合の予測値、青が排出規制を行った場合の値です(*6)。
*6) つまり、排出規制を行えばある程度防止はできるものの、やっぱり酸性化はしてしまう。一度増え始めたものを減らすのは難しい。

 こういった海水酸性化が進んでいくとどうなるかというと、海洋中の生態系に影響が出てきます。特に影響を植物プランクトンなどの微生物ですが、何か一種類の生物でも増減すると生態系が崩れ、他の生物までその余波が波及する可能性もあります。たとえば氷の天使だとか呼ばれるクリオネ(*7)などは餌が真っ先に影響を受けるため、絶滅の可能性があるといわれています。
*7) 捕食姿は寄生獣だけど。

 この重点観測研究はこうした酸性化などの現象を中心として、海水や海氷を対象とした研究テーマとなっています。

2-3「地球システム変動の解明を目指す南極古環境復元」
 映画『南極料理人』で機械が掘っている穴の中に料理人が大事なペンダントだかなんだかを落とすシーンがありました。あのペンダントを落とすための穴を掘っているついでに採取されるのがアイスコアという氷の棒です。

 アイスコアはずっと古い時代から降り積もり続けた雪が押し固められ、氷となって固まったものなので、その中に含まれている空気やエアロゾル(大気中の塵)、あるいは水分子そのものを調べることで、過去の気候を特定することができます。
 第三の重点研究観測のテーマはこのアイスコアから再現される、古い気候に関するものです。

 古い時代の氷ほど下の層であるため、当然ながら深くから掘り出したアイスコアのほうが古い時代の情報を持っていることになります。過去の第Ⅷ期までで、既に地下3000mのアイスコアを掘り出すことに成功しており、これは72万年までの情報を持っています。すごいです。古いです。地下3000mとなるとペンダントも投げ込みたい放題です。
 もっと掘り進めればさらに深い情報が取れる——と言いたいところですが、場所によってどこまで掘れるかが違っており、現在の採掘地点ではより深く掘ることは難しいようです(*8)。
*8) 南極は大陸なので、氷の下が陸地になってしまうと当然ながらもう掘れない。

 というわけで今回の第Ⅸ期ではもっと深く掘れる採掘地点を探しています。具体的には、77万年前に地磁気の逆転現象(*9)が起きているので、この頃を含みつつ過去80万年を越える時代のアイスコアの採取が目標のようです。
*9) たとえばコンパスは地球の(磁気的な)北極がN極、南極がS極となっているのでNの針が北を指すが、地磁気の逆転現象が起きるとNの針が南を指すようになる。これまでのN針をS針に塗り替えたものを買う必要があるのでコンパス屋が儲かる。地磁気逆転現象はこれまでに何度か起きているが、理由は判明していない。

 
3) 一般研究観測
 一般研究観測と次の萌芽的研究は「研究者の自由な発想に基づく研究観測や調査」ということで様々な研究があります。一般研究観測はその中で、特に南極の特色を生かして、比較的短気に集中して実施されるものということになっています。
 具体的には以下の通り。重点研究観測と違って種類が多いので、今回はひとつずつの説明はしません。


  • 3-1「南極昭和基地での宇宙線観測による宇宙天気研究の新展開」
  • 3-2「無人システムを利用したオーロラ現象の広域ネットワーク観測」
  • 3-3「SuperDARNレーダーを中心としたグランドミニマム期における極域超高層大気と内部磁気圏のダイナミクスの研究」
  • 3-4「電磁波・大気電場観測が明らかにする全球雷活動と大気変動」
  • 3-5「南極低層水昇温・低塩化期における深層循環の変貌解明」
  • 3-6「南極成層圏水蒸気の長期観測」
  • 3-7「全球生物地球化学的環境における東南極域エアロゾルの変動」
  • 3-8「東南極における氷床表面状態の変化と熱・水循環変動の機構」
  • 3-9「地震波・インフラサウンド計測による大気ー海洋ー赤p表ー水循環変動の機構」
  • 3-10「南極における地球外物質探査」
  • 3-11「絶対重力測定とGNSS観測による南極氷床変動とGIAの研究 ー宗谷海岸およびセール・ロンダーネ山地ー」
  • 3-12「露岩域と生物の変革から探る生態系のメジャートランジション」
  • 3-13「一年を通じた生態計測で探る高次捕食動物の環境応答」
  • 3-14「南大洋インド洋セクターにおける海洋生態系の総合的研究プログラム」
  • 3-15「極限環境下における南極観測隊員の医学的研究」


 わけわかんねぇ単語が大量に並びますね。個人的には11番は全体的にオシャレ感があり、レストランのメニューに採用されていてもおかしくはないと思うのですがいかがでしょうか。地名入っているとなんか産地の作物が入っているのだろうな感がある。


4) 萌芽研究観測
 萌芽研究観測も研究者の自由な発想に基づく研究です。一般観測研究との違いは、こちらは将来の研究観測の新たな発展に向けた予備的な観測・調査・技術開発などを目的としている点です。

 今回は、

  • 「無人航空機による空撮が拓く極域観測」
  • 「南極仕様SLR観測システム開発」

が実施されることになっています。


5) 公開利用研究
 まとまった内容としては最後に公開利用研究ですが、これは公募によって採択されたもので、研究者が必要経費を負担したうえで観測船や基地などを利用するものです。

 研究には金ぇ! が必要です。金ぇ! が必要になるところでわかりやすいものだと観測装置や計算のためのコンピュータが思いつきますが、それ以外にも学会に行ったり打ち合わせをするための旅費、研究者や共同研究者のための人件費、一度買っても維持したり消耗品のための消耗品費、論文を書いても雑誌に載せるための論文投稿費など、金ぇ! が必要なのです。世の中金ぇ! なのです。研究のために金ぇ! が欲しい。研究のためじゃなくても金ぇ! が欲しい(*10)。
*10) はぁ金ぇ! が欲しいなぁ。宝籤当たらねぇかなぁ。

 もし研究者が大金持ちなら自身の財布から金を出すことも可能です。昔は金持ちでなければ研究者になれませんでした。しかし現代では、研究者は何らかのプロジェクトや助成事業に採択されることで研究の予算を得ることができます

 南極での研究観測でいえば、1-4の重点研究観測はそのプロジェクトとして採択されれば研究費用が(たぶん)出ます。しかしこの公開利用研究だけは研究者が必要経費を負担する必要があるということで、他のプロジェクトや助成事業で採択されておく必要があるということです。

 JARE59で実施される内訳は以下のとおりとなります。

  • 「しらせ搭載全天カメラ観測による南極航海中の雲の出現特性」
  • 「3次元観測水中無人探査機を用いた南極湖沼のハビタットマッピング」
  • 「しらせ船上での大気中O2/N2及びCO2濃度の連続観測」
  • 「フィールド安全教育プログラムの開発に向けたリスク対応の実践知の把握」
  • 「超伝導重力計の冷凍機性能に関する調査研究」
  • 「吹雪の広域自動観測と時空間構造の解明による南極氷床の質量収支の定量的評価」


7) その他
 この他に、継続的国内外共同観測と船上観測、海洋観測があります。
 継続的国内外共同研究ではオーストラリア気象局ブイの投入などが行われ、船上・海洋観測では南極観測船「しらせ」での往路・復路での観測中に、東京海洋大学の「海鷹丸」を加えて観測を行います。


2017年11月21日火曜日

南極/南極の気温


 南極は地球上で最も寒い場所といわれています。



 上の図は山田がNHMという名前の計算モデル(*1)を用いてやっている予報計算(*2)です。別にこの図から何か言いたいとかではないのですが、ざっと南極の形状がわかるので掲載しました。図中、黒太線で表示されているのが南極大陸の外縁で、赤、青、緑の丸がありますが、これらはそれぞれS17H128ドームふじという日本の観測地点の場所を表しています。実はこの図には黒丸もあるのですが、赤丸とほとんど重なっていて見えません。(赤丸と被っている)黒丸の地点にあるのが南極観測隊の主要拠点である昭和基地です。
*1) 計算手法、プログラム。
*2) 天気予報のようなもの。実際の天気予報は、こういった計算を何パターンもやったり、何度も計算をし直したりしてから最終的な結果を出しているが、これは単純に一回のみの計算結果。

 この画像は→南極の気象予測のページにて掲載しているものです。現状このページはパスワードをかけずに、誰でも南極の気象予報の結果が見られるようになっています。
 余談ですが日本では気象業務法というものがあり、その中で第三章第十七条『予報業務の許可』については以下の通りになっています。

第一項 気象庁以外の者が気象、地象、津波、高潮、波浪又は洪水の予報の業務(以下「予報業務」という。)を行おうとする場合は、気象庁長官の許可を受けなければならない。

 これを破るとどうなるかというと、第七章第四十六条によれば、

第四十六条 次の各号の一に該当する者は、五十万円以下の罰金に処する。
二 第十七条第一項の規定に違反して許可を受けないで予報業務を行つた者

となっています。

 つ、つまりこのページは違法……!? ついに両手に縄が!(*3
*3) 濡れ手で粟のほうが嬉しいのに。

 と思いきや、気象業務法は国内法。これで縛れるのはあくまで国内の予報に関する話。南極は日本どころか、どこの国でもありません。ゆえに、予報し放題。合法予報最高!*4
*4) なんで合法とつけるとこんなに脱法っぽさが出るのだろう。

 閑話休題。

 さて、→南極の気象予測のページの右下あたりに棒グラフと線グラフがありました。半日に一回更新されるこの結果が現在どうなっているのかというと、11月16日の時点ではこんなかんじ。


 これはあくまでモデル計算(すなわち観測ではなく計算)ですが、わりと観測結果と合っているものと思っていただいて良いと思います。

 上図では気温と降水量、下図は風速と風向を示します。各色は昭和基地/S17/H128/ドームふじを表し、各地点は左上や右上の図の丸が対応します。地図を見てわかるとおり、ドームふじのみ内陸(海岸ではなくもっと内側)にあるためより寒く、軸の値が違うことに注意してください。

 掲載した図の計算開始時刻は世界標準時(イギリスのグリニッジを中心とした時刻)で6時、昭和はUTC+03なので9時です(ちなみに日本はUTC+09なので15時)。横軸が予報開始からの時間を表します。

 グラフから値を読み取ると、黒い線で現されている昭和基地の地上気温は左の軸の内側(coast)が対応し、この期間はだいたい0〜-5℃くらいで変化しています。

 気象庁の過去のデータから日本のデータと比較してみましょう(ちなみに気象庁の過去データからは南極昭和基地のデータも習得できます)。
→気象庁 過去のデータ・東京20171年11月日毎の値

 東京の11月16日の気温は平均でだいたい10℃くらい。つまり南極は東京と比較すると10-15℃くらい寒い。
 これを聞いて、うわぁ! しゅごいい! この南極寒い! さすがターンAのお兄さん! と思う人はなかなかいないと思います。ちなみに札幌は同日平均1.9℃です。北海道とたいして変わらねぇのかよ南極。大したことねぇなぁ。おれならワンパンだぜ……と思ってしまう方もいるかと思います。

 現在11月の気温を見たときに、南極の昭和基地の気温が日本とそれほど変わらない理由は、大きくふたつあります。
 まずひとつは季節の逆転です。


 上の図はBaseline Surface Radiation Network (BSRN)という観測ネットワークの地点である舘野札幌昭和基地の2014年の月ごとの平均気温です。舘野という場所は一般にはあまり聞き覚えのない場所かと思いますが、茨城県つくば市の地名で、高層気象台があるため日本の気象観測では重要地点です。まぁおおよそ関東の気温を表していると思ってください。

 見ての通り、南半球にある昭和基地と北半球の札幌や舘野の気温の傾向はまったくの逆です。南極での11月はこちらでいうと5月相当。温かいのも当然で、南極はこれからどんどんと冬に向かっていくのです。上図では1月や2月は札幌のほうが寒いときがありますが、3月以降は大きく引き離されていくことがわかります。

 昭和基地があまり寒くないもうひとつの理由は、昭和基地が海岸(というより島)にあるということ。

 北半球の地表での観測で最も低い温度を観測したのはロシアのオイミャコンで約-71℃といわれています。このオイミャコンという場所、実は緯度は約63度と、北は北ですが、90度北極点に比べると大して北にはありません。それなのになぜ北極圏に比べて気温が低いのかというと、オイミャコンは十分内陸にあるからです。


 水というものは比熱(温度が変化しにくい能力)が非常に高く、簡単に温度が上がったり下がったりしにくい物質であるといえます。そのため、水の溜まった海に近い地点では、冬になっても気温がなかなか下がらないのです。 

 オイミャコンは海から遠く離れた内陸にあるため、気温の変化は大きく、冬は簡単に気温が下がります。一方で昭和基地は海岸にある基地であるため、温かい海の影響を受けやすくなっているというわけです。

 内陸へ登っていってドームふじの気温を見てみると-40℃前後となっており、「これぞ南極」と言いたくなるような寒さになっていることがわかるかと思います(*5)。
*5) 南極はその地形から内陸の高度が高くなっており、これも内陸の寒さの一因です。

2017年11月13日月曜日

観測隊/スケジュール


 最初に観測隊のおおよそのスケジュールに関するお話です。
 まずざっくらばんに第59次南極地域観測隊(以下、JARE59)のスケジュールを紹介してしまうと、以下の図のようになります。


 実際はもう少しいろいろとやることがあるのですが、代表的な事柄のおおよその時期はこんなものと思ってください。

 まず隊員・同行者(*1)の決定があります。これは人によってどういう経緯で決定されるのか違っているので、一概にいつ決まるとは言えません。なので図だと長めに取ってあります。

*1) 観測隊には観測隊員のほか、同行者という扱いで南極に向かう人もいます。同行者は簡単にいえば「隊員じゃない人」なのですが、詳しい説明は観測隊の組織や構成に関する記事のときに。

 たとえば国立極地研究所 南極観測のホームページだと既に60次の一部の部門の公募が始まっていますが、これも全てではありません。どのようなルートで観測隊員として活動するのかになるのかは隊員個々人の話から伺えればなぁ、と思っているのでこのあたりの詳しい話はまたそのうち。

 さて、最初に隊員(および同行者)たちの多くが一堂に会するのは、地獄の冬訓練です(*2)。
*2) 嘘です。地獄ではありません。とても楽しい訓練です(*3)。
*3) 本当に楽しい訓練です(*4)。
*4) 嘘じゃないです。

 地獄の……じゃなくてえーっとなんだまぁ冬訓練では、冬の雪山でサバイバル訓練や座学教練を受けます。


 こう書くとなんだか凄そうですが、冬の雪山といっても2-3月の長野県ですし、場所も1,200-1,800mほどの高原です。訓練も、橇を履いて雪面を歩いたり、坂道を登ったり、ロープで自分の身体を木の上に持ち上げたり、裂け目に落ちた人員を救助したり、雪からブロックをスコップで切り裂いて壁を作って風を凌いでツェルト(*5)でビバークしたり、その程度です。なんかこう書くとだんだん大変そうに見えてきたぞ。
*5) 小さいテントのようなもの。今回使ったものはふたり寝られる程度のもの。

 座学ではロープの使い方などを学びます。



 上の画像は座学には特に関係ありません。学ぶのは舫結びだとか、観測や活動で役立つ結び方です。でも亀甲縛りも役立ちそうだよな(*6)。
*6) 強盗に「亀甲縛りしないと殺すぞ!」と脅されたときとか。

 一方で夏訓練は座学中心で、場所も群馬の温泉地です。うぇーい。
 座学中心といってもランニングやオリエンテーリングがあり、なんで全速力で夏のスキー場を下っているんだろうと考えることになります。ほかにも救命救急処置の訓練などもあったりします。

 このあたりの冬・夏訓練は参加が望ましいということになっているようですが、強制ではありません(*7)。
*7) こういった文を載せておいて実質強制参加ということは阿鼻叫喚八大地獄の世の中少なくありませんが、少なくともこれに関してはちゃんと非強制です。

 訓練後に3回ある全体集合は、その名の通り全員が集まる会合です。この内容は現地での活動から記念品まで多岐に渡るのでこの記事で簡単に説明することは難しいのですが、様々な内容を眠気に耐えながら聞くことになります。

 第2-3回の間あたりで正式に隊員(もしくは同行者)として決定された旨の通知が届き、ここでようやく「騙されたのではなかったのだな」と判断することができます。
 
 10月頃から、JARE59は先遣隊/夏隊/越冬隊/海鷹丸の4つの隊に分かれていよいよ出発することになります。

 まず一般的なところとなる夏隊・越冬隊から説明します。本隊と呼ばれることもあるこれらの隊は、どちらも11月27日に日本を空路で出発します*8)。その後オーストラリアに到着し、先んじて日本から出発し、停泊していた南極観測船「しらせ」に乗船します。
*8) つまりもうすぐです。明石が手に入らない。悲しい。

 その後1ヶ月程度かけて観測活動を行いながら日本の基地である昭和基地(正確にはその近く)へと向かいます(*9)。これが往路です。
*9) そのうち地図も用意したい。

 夏隊はこの後、約3ヶ月の(南半球の)夏期間の間、活動を行ったあと、往きの「しらせ」にそのまま復路で乗り込んで帰還。3月頃に日本に戻ってきます。

 一方で越冬隊は復路の「しらせ」には乗船せず、そのままさらに1年南極で過ごします。翌年2018年の12月には次なる観測隊である第60次南極地域観測隊(JARE60)が「しらせ」でやってきて、これを迎え入れます。その後JARE60の夏隊の帰還と同じタイミングで「しらせ」の復路に乗り込み、帰還します。

 つまり夏隊はだいたい4ヶ月、越冬隊はそれに1年加算して1年4ヶ月くらいの活動となるわけです。
 なぜこのようなスケジュールになっているかというと、そもそも南極の海を船が移動できるのは夏の時期だけだからです。南極観測船「しらせ」は砕氷艦と呼ばれる船で、一度バックしてから勢いをつけて氷の上に船体を乗り上げ、その重量で氷を割ること(*10)が可能な構造となっています。
*10) ラミング(ramming=衝突)と呼ぶ。ramは衝角(軍船の先についている突撃攻撃用の角)も指す。

 しかしながら砕氷船はどんな氷でも割ることができるわけではありません。海の上に浮いている氷(海氷)が厚くなる冬の時期は砕氷船であっても海氷を砕けなくなり、南極海の航行は危険極まります。それゆえに、「しらせ」は海氷が緩む夏の初めに出発し、海氷が厚り始める前に帰還するのです。
 以上の理由から、夏隊は夏のみ、越冬隊は夏+1年間の活動となるわけです。

 夏隊・越冬隊以外の隊として、先遣隊がいます。図を見ての通り、先遣隊は本隊(夏・越冬隊)に約1ヶ月先駆けて南極に到着して活動を始め、夏隊よりもやはり1ヶ月ほど先に帰還します。
 しかしながら南極地域観測船「しらせ」は一隻きりで、日本には他に代用品はないはずです。おまけに10月(北半球でいえば4月に相当)はまだまだ海氷が厚い時期。船での航行は容易ではありません。それなのに、いったいどのようにして南極に到達しているのか?

 答えは航空機です。南極観測隊が始まった時代には考えられなかったことですが、Dronning Maud Land Air Network(略称、DROMLAN)という飛行機の飛行網で南極外から南極へ、またその逆に輸送することができるようになっているのです(*11)。
*11) DROMLANに関しては国立極地研究所 南極観測のホームページである昭和基地NOW!!でも触れられています。たとえば『2015年11月20日 思いがけないプレゼント』

 もちろんこれが可能なのも、あくまで条件が良い夏場だけのことなのですが、たとえば基地では対処できないような急病人が出たときに、このDROMLANを利用して人間居住領域まで運ぶ、だなんてこともできるようになりました。

 最後に、海鷹丸は東京海洋大学の練習・学術探査船で、「しらせ」とは違ってこちらは砕氷船ではありません。ゆえにこちらはより海氷が薄くなる真夏の1月前後に南極海で活動、海での研究を行います。

 以上をまとめると、各隊の活動時期・期間は、

  • 夏隊 - しらせに南極で来て、南極の夏である12-3月に滞在する(4ヶ月くらい)
  • 越冬隊 - しらせで南極に来て、12-翌年の3月まで滞在する(1年4ヶ月くらい)
  • 先遣隊 - DROMLANで南極に来て、DROMLANで帰る(4ヶ月くらい)
  • 海鷹丸 - 海鷹丸で夏に南極海で観測を行う(2ヶ月くらい)

となります。

 ちなみに最初の図では先遣隊と本隊がまったく別物のように書いていますが、先遣隊の中にはその後本隊に合流する人もいます。先遣隊で到着して越冬隊に参加する人が、JARE59で最も長く南極に滞在する人です。

 今回はJARE59のおおよそのスケジュールを解説しました。個々の隊のもう少し細かいスケジュールや訓練などについては、また別の記事で。

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Maira Gall