2019年5月30日木曜日

おわりに


 5月になりました。なったらもう終わりそうです。南極から帰ってから2ヶ月が経過した令和です。

 元号が変わり、イチローは引退し、あとなんだ、ううむ、世情がわからんが、みなさまいかがお過ごしでしょうか?
 わたしはバイクを買ったり、猫を飼ったり、長野の研究所に転職したり、トイレの温水洗浄便座を自力で取り付けようとしたらフレキシブルパイプで水漏れしたり、シャマランが家を担保にしているのにアメコミからの申し出を断ったのを知ったり、『ゲット・アウト』を賞賛したり、『スイス・アーミーマン』の監督の脳を心配したり、私的なブログのほうを調整しようとしたらテンプレート作り直しになったり、PCが電源オンオフループになったのでメモリ抜き差しして祈ったら動いたり、ビスマルクが出なかったり、まぼろしお蝶に勝てねぇと悶えて腹いせにアキネイターに登録しようと試みたり、《エリマキ神秘家/Frilled Mystic》で打ち消したら顔面爆破されたりしていました。

 さて、前回「あと一回で終わりにする」と書きましたが、特に何か書こうというネタがあったわけではなく、いまいち足場がふわふわとしていて記事整理をする気がなかったために引き伸ばし政策としていたためです。内容としては前回で終わりで、この記事を書く前に一気に記事の整理(というか→はじめにページのリンクを整理)しました。

 そういうわけで、これで終わりです。

 南極に行き、帰ってきたわけですが、それでもたいして変わることなく、『Hunter x Hunter』が越冬中に出たものの36巻で止まり、マーティンは『氷と炎の歌』の「冬の狂風」を出版してくれず、『Mount&Blade 2: Bannerload』は相変わらずストア準備中で、五月は暑く、暑いから地球温暖化だとか言われると逆に困るわけで、ここまでお付き合いいただきありがとうございました。


 令和元年五月末日、信州より。



2019年4月29日月曜日

南極/南極までの遠さはどれくらい


「まだちょっとだけ続きます」と書いてから早一ヶ月、いかがお過ごしでしょうか。わたしは『アベンジャーズ/エンドゲーム』(*1)を観ていました。
*1) アメコミの二大柱のひとつ、マーベルによるマーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)の集合作である『アベンジャーズ』シリーズ4作目。MCUとしては22作目。アベンジャーズという単語は作中では地球最強のスーパーヒーロー集団を指す。

 まだ上映中の映画にネタバレをするつもりはないので深くは語りませんが、今回はとにかくキャップ(*2)がかっこよかった。
*2) アベンジャーズ初代メンバーのひとりにしてBIG3、キャプテン・アメリカ。キャプテン(弱いほう)。肉体的にはわりとただ強いだけ(ホークアイよりはマシ)のにいちゃんといっても過言ではない。

 今回、いつも通りスチャラカ感溢れるアベンジャーズだったわけで、スチャラカするたびに映画館の会場の中でも失笑が溢れていたのですが、スチャラカスチャラカしている中で唯一観客から笑いではなく「おお」という小さな歓声が漏れたのがキャップがかっこよかったシーン。具体的にどうかっこいいかはきみの目で確かめてくれ!

 ネットの声では「MCUはすべて観てから」派と「とりあえず観ろ」派がいますが、個人的には「アベンジャーズシリーズ(と『シビルウォー/キャプテン・アメリカ』)だけ観ておけばOK」派です。

 さて、平成が終わり、イチローが引退し、『氷と炎の歌』の続巻の情報はなく、『Mount & Blade II: Bannerlord』も発売されないまま、MCUもひとつの区切りとなったわけですが、あと一回でこのブログも終わりになると思います。
 終わったらAmazonプライムビデオで観た映画のレビューをするブログに切り替えてもいいのですが、そうすると際限がないのでやめておきます。

 これまで南極の魅力——は伝えてこなかったような気がするけれど、南極の、えっと、こう、アレとか、そういうアレをアレしてきた気がしますが、今回は南極については相応にわかってもらえただろいうということで、5Wではなく1Hの「どうやって南極に行くの?」ということで書いていきます。



どうすれば南極に行けるの?


 わたしが高校生の頃、OBの南極観測隊の人の講演を聞く機会がありました。これがきっかけになって、南極に行こうと舵を切り始めたのですが、そのときの話では、南極に行くための主たる方法はふたつで、

  1. 金持ちになる
  2. 研究者になる

ということでした。

 1の「金持ちになる」に関してですが、ツアーで探してみると100万円だとかそのあたりの価格で見つかります。どういうツアーなのかまでは見ていませんが、だいたいは南アメリカかアフリカ経由で南極半島(*3)に向かうルートではないかと思います。ツアーに参加するだけの金と余裕があるならば、問題なく南極に行けると思います。
*3) 経度0度方向を上にして南極大陸を俯瞰したとき、西南極の左上から突き出ている角のような部分。ちなみに昭和基地があるのは右上の東南極領域。


 一方で2の「研究者になる」に関して説明すると、たとえば59次の越冬隊で見てみるとわかりやすいですが、59次隊の32人中、研究を専門としている人間(学生含む)はわずかに5人。
 一見すると少ないように見えますが、職種分類別に見ると研究者の5人は人数比的にトップです。なぜなら、研究者以外の隊員は、各分野をたったひとりでこなすエキスパートであるがゆえ、ひとつの業務につきひとりずつしか存在しないからです。例外は気象、医者、調理くらいで、気象は5名、医者と調理は各2名だけ。それ以外は各分野に1名ずつという形になっています。

 例外的に、観測装置の保全や定常観測を行うモニタリング隊員はそれまでの経歴とはまったく関係ない仕事を行うという人が多いです。日本にいる間に南極で行う仕事の打ち合わせや訓練を行い、現地で仕事をします。
 59次越冬隊の3人のモニタリング隊員も、いずれも研究職とは関係ない仕事をしてきた人々ですが、現地では観測を行いました。しかしこちらはこちらで狭き門です。

 つまり、上に挙げた2をより詳細に述べるなら、「南極に行きたいなら研究者か気象庁職員になるのが人数的にはベストで、そうでなければ医者か調理関係者になるべきだがそちらのほうがだいぶ厳しい。それ以外だとかなり凄腕じゃないと無理」ということになります。



どうすれば研究者になれるの?


 わたしの場合、根本的に金を儲けることができない、お金持ちに向かない人間性だという自覚があったので研究者になったので、「研究者になる」というルートで説明します。ちなみに自分はそもそも研究者として大成したとはお世辞にも言えない人間なのですが、逆にいえばそういう人間でも行けるということでご了承ください。

 まず研究者になるためには博士になる必要があります。本当に博士号を取っておく必要があるのかどうかは定かではありませんが、まぁ腐るもんでもなし、取っておきましょう。
 さて、中世から近世であれば、研究者になれるのは金持ちのみというのが常識でした。研究は道楽だったのです。現代ではどうかといえば、300年前と比べればマシとはいえ、やはり金がかかるもの。金がかかるというか、出ていく一方だと困るわけで、しかし学士のときのようにバイトをするような余裕はなかなかありません。


 そこで取得したいのが奨学金、しかも貸与ではなく給付型の奨学金で、特にその中で勧めたいのが日本学術振興会の特別研究員。ぶっちゃけ今回の記事は、この特別研究員という制度を紹介するために書いたといっても過言ではないです(*4)。
*4) この過言ではないという表現をするときはたいてい過言だが、今回は本当に過言ではない。

 日本学術振興会(以下、学振)は研究の助成を行う独立行政法人で、一般的に世の中にまったく役に立たず企業から支援を受けようがない研究者はこの学振の世話になっていると言っても過言ではありません(*5)。
*5) これは過言。

 特別研究員というのは、その中でも博士課程の学生〜若手のポストドクターへの助成を行うために作られた制度で、簡単にいえばこの特別研究員というものに採用されると、

  • ・月あたり20万円(*6)の研究奨励金
  • ・年あたり最大で150万円(*6)の科研費

が貰えます。
*6) どちらもDC1、DC2の場合の金額。

 重要なのは、上の「研究奨励金」というもので、これは実質的な給料に相当します。つまり、研究に使わずに生活費等に充ててよいお金です。

 昨今(でもないが)、研究費の使い込みなどが発覚して研究費の私的利用に厳しいご時世で何事か、と思われるかもしれませんが、研究奨励費というのは本当にそういうお金で、要は「博士課程に進んだ学生がバイトとかせずに研究してくれや。これで美味いもんでも喰え」という目的のお金なのです。怪しくない! 怪しくないよ!(*7
*7) 怪しい。

 ちなみに科研費のほうはちゃんと研究に使わなければいけないお金です。私的利用するとなんかよくわからないおじさんとかに怒られるのではないかと思います。一度、「金を使った研究をすれば研究費で買って使い終わった金を換金して儲けられるのでは?」と真剣に話し合ったこともありますが、私用はしないでください。

 一律20万円なので家賃の高いところに住んでいる人にとっては厳しいかもしれませんが、一種の不労所得です。いや働いているんだけど。なんというかこう、ほとんど修士までの流れを変えずに研究していれば金が貰えるというアレです。報告書などは出す必要がありますが、申請して採択するまでの苦労に比べればまったく大変ではありません。
 書いててなんか怪しい勧誘に見えてきたけど、まったくそういうのではなくて、くそっ、この記事書いたから学振が金くれねぇかな。えっと、まぁわからなければ大学に進学してから教授とかに訊いてください。


 個人的には「学振の特別研究員に採択されるかどうか」が大きな分かれ目であると言えます。わたしは修士課程のときに就職活動をしていて内定を貰っていたのですが、特別研究員のDC1(修士2年の春に応募、博士1-3年の間採択)にも応募しており、もしこれが通ったら申し訳ないが受かっていたところをお断りして博士課程に進学しようと思っていました。
 結果的には落ちていて駄目じゃねぇか。いやまぁそれでも結局就職ごめんなさいして一年後、DC2(博士1年の春に応募、博士2-3年の間採択)なんとか通りました。特別研究員は応募して採択されない場合は業績/能力/計画の3要素に分けてどのような評価だったかが返ってきます。わたしの場合、業績部分が当時ほとんど何もなかったのでそこだけ異常に低くてアウトで、DC2のときはここを改善してなんとか通りましたオラッ! これでも喰らえッ!

 さて、では特別研究員に採択されるにはどうすればいいか、ということですが、これについては特にアドバイスはありません。わたし自身、採択率が高いわけじゃないし、大したアドバイスはできません。クソみたいな文章を量産することなら自信があるのだけれど。 

 大事なのは「特別研究員」という制度があるということを知っていることと、早めに準備しておくこと(前年の春に応募しなくてはなりません)、そして何より、研究室の先生が特別研究員応募に協力的であること。
 わたしの場合、学生時代のボス(教授)が鬼のように協力的な人で、何度も文書をチェックしてもらいました。もちろん文章を書くのも論文を出すのも自分自身なわけですが、実際に読んでもらうと違います。特に学生相手と研究者相手では違います。というのも、学振特別研究員の申請書のフォーマットは、研究者が応募する科学研究費助成事業(科研費)とかなり似通っているからです。何度も科研費に応募、採択している研究者であれば、一定のコツを心得ています。

 特別研究員に採択されたら、あとはまぁ適当に頑張ってください。
 博士課程終ったら就職ですが、これもよくわからねぇんだよなぁ。いや実際経験があるのだからわかっているべきだと思うのですが、自分の流れが一般的なのかどうかがわからないので説明が難しい。なんか求人とかあると思うので、履歴書とか書いて、で、こう、ガッとやればいいんだと思います。学部や修士の就職と異なり、博士の採用はわりと年度末ギリギリです。



極地研はどういうところなの?


 必ずしも国立極地研究所(以下、極地研)の研究者でなければ南極観測隊の研究者になれないというわけではないのですが、59次越冬隊の研究者5名は全員が極地研の研究者でした(正確には、うちひとりは総研大という極地研など複数の研究所が基盤となっている大学院の学生ですが)。


 だから、もし南極に興味があるのなら、極地研に来てみるのも悪くはないのかもしれません。まぁ来たところで見学案内とかないんだけど。

 東京都立川市にある極地研は、正確には「大学共同利用法人 情報・システム研究機構 国立極地研究所」という名前で、現在の建物は統計数理研究所(統数研)・国文学研究資料館(国文研)という研究機関と共同で施設を利用しています。
 このうち国文研は1階で資料展示を行っているため、休館日以外でしたら見学できるのですが、極地研はというと一般公開する資料がないので、なんでもない日に来ても見るものがショーウインドウの中のコオリウオの標本やペンギンの剥製、野生の研究者くらいしかありません。


 そういうわけで、極地研を見学したいなら夏に行われる一般公開のときに来ていただければいいかと思います。
 それ以外だと、併設施設である南極・北極科学館があります。こちらは、

  • ・入場料無料
  • ・火〜土曜の10〜17時開館(入館は16時半まで)
  • ・日曜、月曜、祝日、年末年始、特別休館日は休館

となっています。日曜のほか、月曜も休館なのでご注意ください。
 ちなみに現在のゴールデンウィーク期間中ですが、ガッツリ休んでいます。ホワイト企業ゥ。いぇい。ゴールデンウィーク中だと、5/5の子どもの日のみ開館しているそうです。



北極南極科学館に行きたいけど、お父さん/お母さんが嫌がりそうなんだけど?


 お母さんはららぽーと立川立飛に行ってください。極地研最寄りの多摩モノレール高松駅のすぐ隣の駅にあり、歩いても行ける距離です。たまには運動してください。


 お父さんはIKEAにでも行っててください。好きやろ家具とかきみ。よく知らんが。
 家具が厭なら『アベンジャーズ/エンドゲーム』を見に行ってください。



立川で『アベンジャーズ/エンドゲーム』は観られるの?


 シネマシティで観られます。

 注意点として、シネマシティ映画館は2箇所あります。距離としては非常に近いため、間違えてもすぐに移動はできますが、予約する際はどちらかは確認しておくべきでしょう。






アベンジャーズでは誰が好きなの?


 ホークアイです。
 ところでホークアイで検索すると、検索候補が「ホークアイ アベンジャーズ いらない」「ホークアイ 弱い」「クソ雑魚弓おじさん」とかになるのどうにかなりませんか?

 二番目はファルコンだったんですが、エンドゲームまで観たいまとなってはキャップかもしれません。



ジャスティスリーグ/X-MENだと誰が好きなの?


 ジャスティスだとバットマンです。あの周りのヒーローが雑魚秒殺している間に、雑魚と頑張って戦っている弱さが良いのです。

 X-MENは、子どもの頃に駄菓子屋にマーベルの対戦格闘ゲーム躯体がありまして、そのときに棒を使うおじさんを使っていた記憶がありました。いま調べてみたら、ガンビットというヒーローだそうです。そんなことは関係なくサイロックです。



アメコミ映画は何が好きなの?


『アンブレイカブル』です。

 関係ないんですが、南極から帰るしらせの船の中で他隊員に「オススメの映画は?」と聞かれたときに素直に「シャマランの『サイン』」と答えたら翌日になって「貴重な2時間を無駄にした。5人で観たから合わせると10時間を浪費させられた」と言われました。しかしそのまた翌日に『最“狂”絶叫計画』を観てくれたおかげで「観ておいて良かった」と言われました。人生何が助けになるかわからんなほんま。

 本日は以上です。

2019年3月7日木曜日

観測隊/観測隊の装備品


 帰路です。20日が経過しましたーーとこの記事を書き始めたとき書いていたのですが、書き出しだけ書いて完成させないうちに一ヶ月が経っていたぜ。

 前回の記事で「船で何もすることがねぇので映画見てるぜ」という言葉に恥じず、毎日1.6本くらいのペースで映画を見て、『戦艦シュペー号の最後』(*1)でシュペーの船長が「戦艦も女の子と同じだ、服装を変えて変身する」というセリフを聞いて「確かに昨今は特にそうだなぁ」と思っていたりしています。生まれる以前どころか前世だった頃の映画だけど、まったく古臭さがなくて良かった。
 あと有名どころだと『ズートピア』とか『ラ・ラ・ランド』とか良かったのですが、有名どころを単純に面白いというのはなんか癪です。
 ほかに書きたいことだと、奇跡のコラボでレンタルコーナーの返却棚に『リンカーン』『リンカーン/秘密の書』『リンカーンVS.ゾンビ』(*2)が並んでいました。
*1) 1956年の映画。イギリス映画だが、イギリス海軍とドイツ海軍の戦いを、三隻の巡洋艦と戦ったドイツ海軍の豆戦艦アドミラル・グラーフ・シュペーを中心に描く。
*2) 『VS. ゾンビ』をこのとき返したのがわたしです。

 そんなわけで海戦映画を観たから今回は船のことを書こうかと思ったのですが、前回書いたような。何書いたっけ。そもそも書いたっけ。何を書いて何を書いていないのかわからなくなってまいりました。ネットに接続できないので調べられず。
 とりあえず間違いなく書いてないことを書こう、ということで今回は観測隊の装備品について書きます。恒例のごとく出だしはまったく関係なかった。

 日常的に使用する物品や使用頻度の多い物品については、隊員個人で持ってくることになっていますが、南極の厳しい環境に耐えるための防寒着や一般的な必需品といったものは支給されます。これらは個人装備ということで南極に出向く前の全員集合の際に配布されます。
 一方で実際に南極に到着してから使用するであろうコンロやテントといった品々は、共同物品ということで観測旅行に出発する前に(あるいは日本で)準備されます。


 今回紹介するのは個人装備についてです。

□個人装備

個々人に事前に配布される個人装備ですが、その内訳はその隊員が越冬隊か夏隊か、隊員か同行者かで異なります。当たり前ですが、越冬隊ほど寒冷環境に適した装備となります。具体的にどんなものが配布されるかは隊次によって異なりますが、59次での個人装備はこんな具合でした。

—貸与されるもの

・羽毛服、冬用アウター
 極寒の南極に耐えうる外套は個人装備として支給されます。観測隊に支給されるだけあって羽毛服は非常に暖かいもので、-50度の環境であっても耐えうるものです。少なくとも數十分であれば。


・ダッフルバッグ、ザック
 ザック類も支給されます。ダッフルバッグは船から基地への移動や野外活動で活躍しますが、ザック類は野外活動がなければさほど使用しないかもしれません。

・ヘッドランプ、コンパス
 コンパスはあまり使用する機会はありません。ルート工作をするにしてもハンドベアリングコンパスという専用のコンパスがあります。視程が悪いときを想定するにしても、ブリザード下では外出注意・禁止令が出されるうえ、万が一の想定外のブリザードがあったとしても、通行するような場所はライフロープが張られているため、よっぽどのことがない限りはコンパスの出番となりません。そもそもそういう状況になったらコンパスあっても死ぬ気がする。
 一方で大活躍なのがヘッドランプ。人間のほとんどいない南極、外灯の数は少ないばかりか、夜間のオーロラ観測のための灯火管制というものがあります。この期間は夜間、外灯が完全に消されるだけではなく、基地からも明かりが漏れぬようにとすべてのカーテンが閉められます。こうなると、手を伸ばした先に何があるのかもわからなくなるほど。ヘッドランプなしには出歩けません。

—支給されるもの

個人装備品は国から支給の南極観測経費で賄われています。そのため、本来はすべてが貸与というのが望ましいのですが、回収しても再利用ができなさそうなものや消耗品は支給という形にしています。

・夏用アウター、ヘルメット、目出し帽など一般的な防寒着
 羽毛服ほどには分厚くない、しかし日本で使うなら十分すぎるような冬用の防寒着は、夏作業で油仕事やコンクリート造りなどを行うこともあり汚れやすく、支給品となっています(羽毛服も人によってはすごく汚れるのですが)。

 夏作業に不可欠なヘルメットなども支給品。基本的に夏期間の昭和基地はほぼ工事現場であるため、外出時のヘルメット着用が義務付けられています。


 野外活動ではヘルメットを身につける必要はありませんが、外に出ると気になるのが強い日光。こんなときに役立つのが、銀行強盗するときにしか使わないような目出し帽ですが、これも支給品です。ほか、防寒帽やネックゲーターも支給品です。

・長靴、安全長靴、防寒靴
 夏にしろ冬にしろ、昭和基地でも野外でも、通常の靴を履く機会は滅多にありません。雪積もり固まる冬の間はもちろんですが、岩や砂が露出する夏期間も長靴の系統を履くことになります。 
 この理由としてはおおむね二つあり、ひとつは露岩帯や工事現場で足を怪我しないようにするためで、鉄板入りの安全長靴のほうが安全なため。
 もうひとつの理由は濡れても問題がないため。昭和基地では建物内に砂を持ち込まないよう、建物前には水をためた容器が置かれており、これで靴の底を洗うようになっているため、長靴以外では都合が悪いです。


・手袋
 当たり前ですが、南極で手袋は必須です。
 支給品の手袋は適したものが揃っていて、特に内陸旅行に行くとなると日本で一般に売っているような手袋など役に立たないのですが、冷凍庫用の手袋は寒冷化での使用にも耐えうる一品です。さすがに冬の内陸だとそれでも寒いので長時間活動はできませんが。


・靴下
 指先は凍傷を負いやすい箇所ということや、毎日装着し続けるものであることもあってか、他の支給品よりも多めに支給されます。今回は6足でした。
 支給される靴下は山岳用のもので、具体的にどのへんが山岳用なのかはまったく詳しくないためわかりませんが、とりあえず厚くはあります。

・十徳ナイフ
 十徳ナイフといえばスイス製ですが、支給された十徳ナイフがスイス製だったかどうかは忘れました。スイス国旗ってどんなんだっけ。


 現場でよく使ったのは、まずはナイフ。段ボールを開けたりビニールテープを巻いたりといったほかに、タイラップを切ったり果物を剥いたりなどにも。缶切りやコルク抜きなども便利で、もちろん専用の道具があるに越したことはないのですが、とりあえず胸ポケットにひとつ入れておけばさまざまな用途に使えるものがあるというのは便利なもので、かなり重宝しました。人によってはまったく使わないそうですが。

・日焼け止めクリーム、リップクリーム
 雪面による反射により、強い日差しを受けることになる南極では、日焼け止めクリームやリップクリームは必需品です。
 日焼け止め類は支給されはしますが、たいして外出しないならともかく、長期旅行に耐えうる数ではありません。野外で活動する場合は自分でも持ってくることをオススメします。

・サングラス、ゴーグル
 同様にサングラスも必需品ゆえに支給品。近視などを持っている場合は度入りサングラスも選べますが、この場合は私費がかかります(全員集合のときに検査ができます)。
 強いブリザード下ではサングラスに雪が張り付いたり、曇ってしまったりで役に立たなくなることが多々ありますが、そのような場合ではゴーグルが役立ちます。これも必需品です。個人的にはあまり使いませんでしたが。


自分で持ってきたほうがよいもの

もちろんのこと、支給品だけでは日々の生活は不十分なわけで、自分で持ってきたよいものもあります。

・下着・肌着類
 パンツは履きましょう。

・コップ
 食堂にはカップが十分数ありますが、食事時だけではなく日々の生活で利用することを考えれば、コップは間違いなく持ってきたほうが良いでしょう。しらせにも基地食堂にも電子レンジがあるため、電子レンジ対応のものが望ましく、また、船内では揺れが激しくなる場合があるので、蓋付きのものがオススメです。


・テーブルタップ
 日本のように電力使いたい放題、とはいかないものの、常識的な使い方(PCの給電や携帯の充電など)であれば不足はしないでしょう。しかしながら、船内でも基地でも基本的にコンセント孔は2口しかないため、あなたが電力に頼らないゴリラでない限りはテーブルタップは持ってきたほうがよいでしょう。

・洗濯ロープ
 基地にはある(らしい)うえに、管理棟連の居住棟居室であれば洗濯に使える物干しのようなものが備え付けてあります。しかししらせや夏用住居には洗濯ロープはありません。しらせは乾燥機が使えるため、洗濯物を干さなくても生きていけますが、それ以外の場所で服を着るタイプの性格の方はロープは買っておきましょう。ちなみにハンガーは比較的数があります。


・運動靴、運動着
 支給品の項で「普通の靴は履く機会はほとんどない」と書きましたが、数少ない例外は運動時です。さすがに長靴でランニングはできません。日頃、運動をしないようなインドアな人々でも、南極に来ると頭がどうにかなって走り出したりするものなので、あまり運動する習慣がない方でも持ってきておいたほうがよいです。運動に適した服も。

・置き時計
 PCだの携帯だの、どこでも時計がついていますが現代、それでもやはり置き時計のひとつでもあれば便利です。まぁ腕時計でいいといえばそのとおりなのですが、腕時計って時間調整が難しかったりしませんか? 特に船で移動中は時刻帯変更が多いのに。置き時計ならだいたい見ればわかるんだけど、これどうやるんだっけ、何回かやったことはあるんだが、うーむ、Citizenの2ボタンの腕時計の時刻調整方法知っている方がいたらご連絡ください。


 これ以外にも、嗜好品などはもちろん自分で持ってくる必要がありますし、ブーメランなど個人的に必要な物品は自分で持って来る必要があります。本日は以上です。

2019年2月12日火曜日

観測隊/限界医療


 帰路です。10日が経過しました。

 この間、特に何もすることはない——というわけではないのだけれども、基地とか野外に出ているよりは遥かに「やらなければいけないこと」がないので、さぞかし記事を書くのが捗っただろうと思いきやまったくそんなことはなく、しらせ艦内のレンタルビデオ室でビデオ借りて見まくっていました。


 ここに感想でも書き殴ろうかなぁ、と思ったけど『ドッチボール』(*1)とか『ピラニア・リターンズ』(*2)とか『赤ずきんVS狼男』(*3)とかの感想書いても脳を疑われるだけなのでやめておきます。
*1) ドッチボールする映画。
*2) ピラニアが戻ってくる映画。
*3) 赤ずきんが狼男と戦う映画。

 でも『キングスマン』(*4)くらいは許されるか。
 脚本はわりとアレながら、アクションと酷すぎる見せ場は素敵だったのですが、一個だけ展開で気に入らない点が。スパイたちのコードネームがアーサー王と円卓の騎士ネタだったのですが、もっとこう、なんというか、集まって欲しかった。『バトルシップ』(*5)で爺さんたちが集まってくるシーンとか好きな人間としては、映画の主役では決してないけど活躍しうる人間を描いて欲しかったし、円卓の騎士が集うってなんか良いではないか。良いではないか。
*4) 頭が爆発しまくるスパイ映画。
*5) 船が戦う映画。

 とまぁそんなこんなで映画ばっかり見ておりまして、今も『パニックルーム』(*6)見て「こいつ(犯人)強ぇな」とか言いながらこの記事を書いているのですが、そんなことは特に関係なく医療の話です。
*6) パニックルームの映画。

 以前に(しらせ乗船中なのでリンクは貼れないけれど)説明しましたが、観測隊員は11月末の出発前に5回、一堂に会する機会があります。冬の訓練、夏の訓練、そして極地研で3回行われる全体打ち合わせ会合です。
 8月に行われる第一回の全体打ち合わせ会合では、いくつかの書類と資料を手渡されることになりますが、その中には『南極における医療の現状と限界についての説明と承諾について』(以下、『医療の限界』)という書類と同意書があります。この書類は、南極における医療の現状と限界について説明したものです(*7)。
*7) 映画の注記みたい。

 内容を簡単に叙述すると、以下のようになります:

  1. 一般的な医療設備はあるし、基本的な生活の中で起きる怪我や病気には対応できる。基地には外科手術ができる設備もある
  2. 基地で対応不可能な場合に緊急搬送しなければいけないとなった場合、夏ならしらせや航空機で可能性があるが、越冬期間は不可能
  3. 一定量の薬は備品として存在するが、持病があるなら薬を持参すべし
  4. 日本南極観測隊には2名の医療隊員がいる
  5. 南極は特殊なため、危急の事態に陥った場合に国内では起こらないような後遺症が発生する可能性がある
  6. 野外活動では基地のような治療は望めないし、基地にただちに帰ることができない可能性もある
  7. 基地の医療設備は妊娠・出産は考慮していない
  8. 南極での健康判定の結果は個人情報に配慮したうえで活用する
  9. しらせが日本に戻り始めるまえに健康に異常があるとみなされれば帰国命令が下される
  10. 南極は日本ではない


 ご存知の通り、文明圏からはるか遠くに離れた南極です。大戸屋もまさし(*8)もありません。『医療の限界』では、それを突きつけ、「これで良いのだな?」と改めて問いかけるものです。同封される同意書に同意しない限り、観測隊として出発することはできません。
*8) 宇都宮市内にある餃子屋。白米なし、ビールなし、メニューは焼き餃子・水餃子・揚げ餃子のみ、というシンプルな赤単アグロみたいな構成。

 しかしながら(1)で述べているとおり、南極の医療は限界がありますが、まったく存在しないわけではありません。
 昭和基地管理棟の『オングル病院』という看板が掲げられた区画に配備されている設備は、ちょっとした診療所に相当するものであり、

  • ・一般的な治療・手術(全身麻酔・開胸・開腹含む)
  • ・心電図、レントゲン、内視鏡、採血といった一般的な検査
  • ・テレビ会議システムを利用した遠隔医療
  • ・最低限の歯科治療

といったことは可能です。
 逆にいうと、

  • ・歯科医レベルの歯科治療
  • ・妊娠・出産関連の対応
  • ・CTスキャン、MRIなどの高度な検査
  • ・大量の輸血(隊員から取れる以上の輸血)

などは不可能ということになります。
 特に一般に健康とされる隊員でも関係がありそうなのは、歯科治療の関連でしょう。観測隊員には医療従事者であり医者が参加しますが、あくまで医者であり、歯医者ではありません。素人目には何が違うのかわかりませんが、領分が違うそうです。なので出来る限り歯科治療はしなくても良いように、出発前には健康診断での検査 / 歯科治療 /親不知の抜歯 などが言い渡されます。
 また夏期間の砕氷船しらせ乗船中であれば、しらせには船医と歯科医がいるため、歯科治療も可能です。実際、今回の59次越冬隊がしらせに帰還した直後に数人が歯科治療を受けていました。


 さらりと書いてありますが、(4)の医療隊員が2名というのは、他の外国基地にはない特徴です。一般に外国の南極観測隊では医療隊員はせいぜい1名、というところが多く、こうなると長期旅行や医者本人が怪我・病気をしたときに対応できないのですが、日本の観測隊ではそうはなりません。組体操もできます。
 しかしながらいるのは医者だけ。看護師はいません。通常、国内の外科手術では、

  • ・麻酔科医1名 - 患者の管理
  • ・手術担当医2-3名 - 執刀とその助手
  • ・機械出し看護師1名 - 術者に道具を手渡す
  • ・外回り看護師1-2名 - 患者の介助やライトの調整

という役割になるそうですが、南極だと執刀以外の役割と一般隊員が行わなければいけないというわけです。だいぶ怖いですね。手術されるほうも、するほうも(*9)。
*9) 個人的な話だが、過去に人が建物から落ちたときに第一発見者・通報者になってしまったときに、救急から『傷口の状態を確認してください』と言われたときに「怖くて無理です」と答えたことがある。

『医療の限界』には書かれていませんが、隊員に配られる資料の中には、『南極救急医療マニュアル』(以下、医療マニュアル)という小冊子があります。これは医療隊員によって発行されるもので、60ページほどの冊子ですが、船酔いからAEDによる心肺蘇生まで、昭和基地で起こりうるさまざまな症例への対処法が網羅されています。まぁこんなもん現場で読んでいる暇はないのですが、ないよりは頼りにできます。
 この『医療マニュアル』の最大の特徴は、毎年改定されている点です。
 たとえば、第57次越冬隊では帰還直前の夏期間にノロウイルス胃腸炎が発生し、越冬隊・夏隊含めて羅患者30名の大災害となったのですが、これを受けて59次隊の『医療マニュアル』では感染症対策の項目が追加されています。

 さて、59次隊では大きな病気も怪我もなく帰路についています。
 南極観測は冗談抜きに危険と隣り合わせで、今回大きな災害もなかったのは単純に幸運ゆえ、という気もします。だから、まぁ、そういうわけで、なんと申しますか、この幸運が続けば良いのではないでしょうか。


 ちなみに以前の隊では遺体袋を3枚調達したらしく、3人分は基地にあるそうです。本日は以上です。

2019年1月27日日曜日

観測隊/内陸観測


二度目の内陸旅行、2.5ヶ月に渡るドームふじ旅行から昭和基地に帰ってまいりました。体重測ったら5kgくらい落ちてた。これを「内陸旅行ダイエット」として帰国したら売り出そうと思うので真似しないでください。

 出発前にPS Vitaのメモリーカードが壊れまして、くそう、壊れたものは(毎度恒例のソニー製の独自規格のせいで)どうにもならないので、多めに本を買っていくことにしました。

 最近あんまり新しい作家を開拓することがなかったのですが、ジョン・ヴァードンの『数字を一つ思い浮かべろ』がとても良かった。メインのトリックは難しくないというか、わかる人間ならあらすじ読んだ時点でトリックがわかる部類なのだけれども、語り口や人物がとてもよい。ハードウィック刑事とか。子どもの頃は図書館の児童書コーナーの推理小説を読んでばかりいたのですが、昨今はミステリあまり読まなくなって久しいだけに良かった。

 続刊をただちに買っても良いレベルなのですが、ジョン・ヴァードンは仕事引退してから小説書き始めた人らしく、いらぬ年齢的な心配をしてしまう。神林長平もマーティンも良い歳でなぁ。最近作家を開拓しなかったツケがここに。

 最近(でもないか?)亡くなったのだとダニエル・キイスがすごい好きでした。キイスはものすごくギリギリまで堪えるのが上手いなぁ、と感じます。森博嗣の昔の短編集で『今夜はパラシュート博物館へ』というのがあって、ようは「オチが大事」という意味のタイトルだと思うのですが、落下で例えるとキイスは落ち方が衛星が落ちてくるレベル。落下傘とか使わない。五体投地。救命阿。『タッチ』とか読みながら死にそうになっていました。

 直接は関係ないのですが、この手のトリックは個人的に城平京(*1)のやつが好きです。叙述トリックとか物理トリックはたいして好きじゃないのだけれども、なんだろう、心理トリックというかなんというか、こういうのは良い。
*1) 最近は『虚構推理』の原作とかをやっているけど、わたしの世代だと『スパイラル』の人という認識の作家。

 たとえば「バラバラ殺人の被害者の胴体だけが発見され、胃の中から綺麗に折り畳まれたメモ用紙が発見された。開いてみると警視庁有数の名刑事の名前が丁寧な字で書かれていた。ダイイングメッセージにしてはメモ用紙が綺麗すぎる。なぜ被害者はこの刑事の名前が書かれたメモ用紙を飲み込んでいたのか?」という事件とか。こういう頭のおかしさが上手い。おかしいといえば乾くるみ(*2)なのですが、書いていくとアレがアレだし、Pagesの日頃使っているページ設定で1ページ超えたのでそろそろ本題に入ります。
*2) 乾くるみの作品を最初に読んだのが『Jの神話』なせいで、何を読んでも驚かなくなったという現象に名前をつけたい。

 出発前にTwitterでエゴサを行ったときに内陸旅行の紹介文関連で、「なんで現在使っていない基地へ行くんだろう? また基地を使う計画があるのか?」という趣旨の発言を見たときに返信しようと思ったのですが、あっ、いや、これはエゴサしているのバレるな、いやバレてもいいんだけど、なんか、ほら、これ、あれで、ああ、いや、もう、帰ってから記事を書こう、と思った次第で、ガンダムファイトレディーゴーなので、今回は「なぜ内陸旅行を行うのか? なぜ今は使っていない基地へ行くのか」ということを第59次日本南極観測隊(JARE59)の例を挙げて説明する記事となります。



 JARE59では3度の内陸観測を行なっています。

 最初が2017年11月ごろから2018年2月ごろまでの先遣隊による夏のドームふじ旅行(JARE58と合同)。
 二度目が2018年9月半ばから10月半ばにかけての越冬隊中継点旅行。
 三度目が2018年11月ごろから2019年1月末までの夏のドームふじ旅行(JARE60と合同)。

 自分はこの3つの内陸旅行のうち、2度目の中継点旅行と3度目のドームふじ旅行の2回に参加しました。なんでだよ。自分が参加したもののほうが説明しやすいので、その概要を説明すると、以下のようになります。






1) 2018年冬の中継点旅行


目的地

  • 中継拠点(MD364)

期間

  • 2018年9月半ば〜10月半ば

主プロジェクト

  • 一般研究観測 - AP0911(東南極における氷床表面状態の変化と熱・水循環変動の機構)
  • モニタリング観測 - AMP0903(南極氷床の質量収支モニタリング)

主目的

  • 中継拠点でのAWSの設置
  • ゾンデその他の大気・雪氷観測

解説

 冬(といっても9-10月なので北半球でいえば3-4月くらい)の中継点旅行の参加者6人のうち、研究系は気水圏(大気、海洋などの分野)のみで、しかもどちらも大気関係です。プロジェクトを見てもわかるとおり、基本的に大気関係の観測旅行となっています。

 主目的で触れているAWSというのは、自動気象観測装置(Automatic Weather Station)の略称で、下の写真のような装置です。雪面に金属の柱を建て、そこに温度計や風速計といった装置を取り付けたものとなります。ゾンデというのは気球に温度計などを取り付けた装置です。


つまり、どちらも「内陸で大気関係の観測する」ものです。
 ではなぜ「内陸で」観測を行うのか?

 南極にはさまざまな国がさまざまな場所に基地を構え、観測を行っているように見えます。が、実際に観測を行っている場所というのは限られており、沿岸に集中しています。たとえば日本でも、→観測隊/みずほ・あすか・ドームふじ基地で見たように、オングル島にある昭和基地以外の基地は現在ほとんど使用されていません。この理由は単純で、内陸のほうが不便で、維持が困難だからです。



 しかし沿岸だけで観測を行なっていてはわからないこともあります。たとえば日本が観測を行っている場所は東南極に分類される地域ですが、この地域は温暖化の影響が出ていない(温暖化傾向が有意でない(はっきり断言できない)、もしくは寒冷化している)らしいことが知られています(Steig et al. [2009]; *3)。
*3) Steig, E. J., Schneider, D. P., Rutherford, S. D., Mann, M. E., Comiso, J. C., & Shindell, D. T. (2009). Warming of the Antarctic ice-sheet surface since the 1957 International Geophysical Year. Nature, 457(7228), 459.

 なぜそうなっているのか、ということについて推測することはできますが、推測して終わってしまうのはアリストテレスの時代まで。科学的に確信するためには、観測による裏付けが不可欠ですし、将来気候の予測のためにも観測は重要です。このような理由から、内陸で観測を行うわけです。



 ここまでが「なぜ内陸で観測するのか?」という話。「なぜみずほ基地を経由して中継拠点という場所に行って観測するのか?」という疑問には答えていないのですが、こちらに対する疑問への回答は、

  • ・そこにかつてから使っているルートがあるから
  • ・まだ観測装置がなく、ルート上でちょうど良い場所だから

という単純なる二点の理由となります。古くから開拓されているルートだから確実に安全とは言い切れないのですが、少なくとも未開拓の場所を進むよりは安全で、安心感もあります。



 ただし観測的な意味合いでみずほ基地などに寄る理由はあって、既に設置されている観測機器からデータを取ったり、メンテナンスをする目的があります。代表的なものがルート旗としても使われている雪尺で、これは単なる旗が雪面に突き刺さっているだけなのですが、雪面からの高さを測ることで雪がどれくらい深くなったかを知ることができるわけです。



2). 2019年夏のドームふじ旅行


目的地

  • ドームふじ近傍(新ドームふじ)

期間

  • 2018年11月初頭〜2019年1月末

主プロジェウト

  • 重点研究観測
    •  - AJ0903(地球システム変動の解明を目指す南極古環境復元)
  • モニタリング観測
    •  - AMP0903(南極氷床の質量収支モニタリング)
  • 一般研究観測
    • - AP0911(東南極における氷床表面状態の変化と熱・水循環変動の機構)
    • - AP0914(南極における地球外物質探査)
    • - AP0902(無人システムを利用したオーロラ現象の広域ネットワーク観測)

主目的

  • 第3期ドーム深層掘削点特定のための基盤地形、氷層内部層調査

解説

 冬の中継点旅行がルートから逆算して観測地点を決定していたのに対し、ドームふじ基地は一般的な日本の内陸旅行での最終到着地点であり、この地点一帯は設定されるのには相応の理由があります。



→観測隊/みずほ・あすか・ドームふじ基地で述べたように、ドームふじ基地は他の基地と異なり「ドーム」というものがついていますが、これは基地が傾斜が緩やかなドーム状の氷床の真上に存在していることに由来しています。この結果として作り出されるのが、分厚い氷床地形で、3000m超の雪氷からアイスコアと呼ばれる氷の棒を掘り出すことで、過去の気候を再現することが可能となります。



 ただし、氷床が分厚いというのは平均で見た場合のこと。氷床下の地形は場所によって異なるため、レーダー探査で分厚い氷の下の詳しい地形を調べることが肝要で、今回はレーダーを取り付けた雪上車で走り続けました。深ければ一概に良いかというとそうでもないらしいので、選定にはまだまだ時間がかかるようで、3年後の掘削開始を目標としています。今回はドームふじ旅行ではアイスコア掘削も行いましたが、3000m級の氷床がある中での100m超しか掘削しない浅層掘削です。






 以上がJARE59で実施した内陸旅行の概要となります。

 内陸旅行で現在は使用していない基地に行く(を経由する)理由を簡単に纏めてしまうと、

  • ・内陸には基地が少ないため、観測に赴く必要性
  • ・昔から使っているルートや基地には観測機器がたくさんあってデータが取れる
  • ・ドームふじ基地周辺は氷床が分厚く重要な地点

ということになります。大事ですね、内陸観測。行きたくないけど。

 本日は以上です。

2019年1月26日土曜日

その他/ドーム旅行中に書いていたもの

 1月23日に約2.5ヶ月のドームふじ旅行から帰還し、昭和基地に戻りました。

 Twitterでもリンクを載せましたが、ドーム隊としての行動中、ドーム隊執筆によるブログが衛星経由のメール転送で掲載されていました。




 こちらに一回くらい書こうかな、と思って文章自体は書いたのですが、完成してから「また(*1)検閲喰らって本来の意図ではないものが掲載されるのが面倒だな」と思い、結局封印したままとなりました。
*1) 昭和基地Nowの原稿とか、地方紙に寄稿した原稿とか。

 このまま封印しても良かったのですが、2月からは砕氷船しらせに乗るので、日本帰国まではまた更新が拙くなる予定(メール経由でテキストのみの更新はできなくもないですが)ということを踏まえ、少しでもブログのかさ増しをするために以下に掲載することにします。





 60次ドーム隊です。

 自分は60次隊ではなく、59次越冬隊の人間です。本来ドーム隊に参加する予定はなかったのですが、越冬中にドーム隊がひとり足りなくなったという連絡があり、(昭和基地からいなくなっても特に不都合がない人員なので消去法で)59次から生贄に捧げられました。

(1月4日)現在、MD528という地点でこの記事を書いています。MDというのは「みずほ基地ードームふじ基地間ルート」のことで、ほぼ2kmごとに2間隔でポイント番号が割り振られています。なのでMD528であれば、「みずほ基地からドームふじ基地へ向かうルート上で、みずほ基地から528km地点」を指すことになります。みずほ基地は昭和基地から約250kmの地点のため、昭和基地へ戻るためにはまだ750km以上の距離を走破しなければなりません。内陸に広がっているのはただ静謐なことだけが取り柄の雪原のみで、ペンギンやアザラシといった生き物は基本的に存在せず、野生で存在するのは汚いおっさんとシャワーを浴びた直後の小汚いおっさんだけです。

 60次ドーム隊はドームふじ近くでのベースキャンプでの観測を無事に終え、昭和基地への帰路にあります。他の投稿記事を読んでいないので正しいドームふじ旅行が伝わっているのかわかりませんが、おそらく一般の読者の方はこの旅行でやることはアイスコアを掘ったり、肉を焼いたり、娘の下の歯を穴に落としたりすることだと思っていることかと思います。

 しかし正しいドームふじ旅行というのは、延々とドリルでアイスコアという氷の棒を掘り出して袋詰めしたり、「ご冗談でしょう?」と言いたくなるような距離と時間をひたすらアンテナのついた車両で雪原を走り回ったりといったものです。「ご冗談でしょう?」という表現がリチャード・ファインマンの次に似合うのは南極観測隊レーダーチーム以外にありません。

 そんな作業を終えての帰路なわけですが、簡単に帰れるわけではありません。南極を舐めるな。上で述べたように、まだ700km以上の距離が残されています。南極でも夏期間はDROMLANという飛行機網が利用可能ですが、大量の観測機材や物資の輸送に飛行機が不向きであれば、車両で地道に走行するしかありません。ドーム隊で利用する主たる雪上車は、キャタピラを備えたSM100という大型雪上車です。出せる速度は時速10kmがせいぜい、夏暑く、冬寒く、取り柄というと古くても頑丈という京都府みたいな車両です。14時現在、車内温度を計測してみたらプラス33.1度でした。夏か。夏だ。外気温はマイナス26度です。特に何の準備もなしに50度差が体感できます。



 このクソ暑い、失礼、非常に暑苦しい車中でテンパー(雪上車のハンドルのようなもの)を握り締めながら考えることといえば、誰しも共通していて、

  • ・早く帰りたい
  • ・お金が欲しい
  • ・自分の責任問題が起こらないで欲しい

くらいのものです。日本にいるときとあまり変わらない。

 ちなみに南極観測隊には南極手当というものがあり、一定緯度以南での場所で活動した日数分だけ追加の手当が支給されます。しかし長時間の運転や作業を続けても、特に給料が増えるわけではありません。しかも計算してみると、一年三ヶ月働いても歌舞伎町で豪遊したら腎臓を売ることになる程度の金額にしかなりません。計算しなければ良かった。現在60次ドーム隊はノルウェー極地研の職員2名と同行しているのですが、ノルウェーでも南極手当に相当するものがあるものの額面は「非常に高額」だそうです。ああ金が欲しい。すまん本音が出た。



 そんなふうにお金が欲しいなぁ、と考えながら雪上車を走らせ続ける帰路です。往路ではブリザードという天然の祝祭日が我々に閑暇スコレーを与えてくれていましたが、まだ内陸部ではそれも期待できません。毎日広がるのは青空ばかり。あー眩しさに腹が立つ。労働の道徳性は奴隷の道徳性である、とバートランド・ラッセルとともに怠惰への讃歌を謳ったところで、代わり映えしない道を運転し続ける毎日です。祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理を表す。驕れるものも久しからず、ただ春の夢の如し。猛きものもついには滅びぬ。ひとへに風の前の塵に同じ。平家物語巻之第一頭、祇園精舎。


© この星を守るため
Maira Gall