ブリザードをご存知でしょうか?
そう、世界的人気のRTS(*1)である『Warcraft』シリーズや名作ハクスラ(*2)の『Diablo』を生み出し、近年ではスマホのデジタルカードゲームを切り開いた『Hearthstone』などでも知られるそうそれはBlizzard Entertainmentだ。
*1) 日本でいわゆるシミュレーションだとか呼ばれるやつのリアルタイム版。
*2) ハック&スラッシュ。明確な定義はないが、ダンジョン潜ってキャラクター強化とレアアイテムを掘るのが目的のゲームはこういう分類をされる。
気象庁の用語解説によると、
「ブリザード」はもともとは北アメリカでの激しい吹雪の呼び名ですが、南極の吹雪も同じ名で呼ばれています。
(気象庁|用語解説 http://www.data.jma.go.jp/antarctic/ant_yogo.html より)
ということです。柱の男(*3)が10人くらい出て来たら名前がブリザードになったやつもいたかもしれません。
*3) サンタナってシュトロハイムが勝手に付けた名前だったはずなのに、いつのまにか正式名称になってない?
そういうわけで南極でいえばブリザードといえば基本的には強い強風(*4)を指します。日本ではブリザードにA級、B級、C級という指標があり、A>B>Cで強いということになっています。
*4) 腹が腹痛みたいな表現。
昨日の2018年1月3日ですが、非常に強い強風がありました。2018年1月2日20時05分に外出注意令が発令され、同月3日09時10分にはそれが禁止令に切り替わるほどでした。
自分は「静かにしているのが好きなのか」と若干キレ気味に言われる程度にインドアなので外出禁止令が出されてもまったく困らないというか、むしろ堂々とダラダラできるのでありがたいのですが、それはともかくとしてその風について簡単に見てみたいと思います。
まずは当時の風の概況を見てみましょう。
(Antarctica_Japan JRA-NHM http://polaris.nipr.ac.jp/~nhm/antarctica_japan.html による6km解像度計算値 より)
これは観測ではなく予報値(あらかじめ計算しておいた値)なのですが、まぁほぼ現象を捉えていると思ってください。
線(コンター)は500hPaの高度場を示しているのですが、これはほとんど気圧と関連するようなものだと思っていただくとして、気圧の渦のようなものが近づいているのがわかります。これは低気圧で、3日は低気圧が接近しており、その影響として非常に強い風(図中、赤矢印)が発生していました。昭和基地は他国の海岸の観測基地と比べると比較的低気圧の影響を受けにくい地点なのですが、こういった低気圧に伴う強風は南極ではよくあるパターンです。
ではそれが昭和基地にどのような影響を生み出していたかというと、既に3日の気象庁のデータは気象庁が出しているので、それを確認してみましょう。
(気象庁|過去の気象データ検索 http://www.data.jma.go.jp/obd/stats/etrn/view/hourly_s1.php?prec_no=99&block_no=89532&year=2018&month=1&day=3&view= より描画)
上の図は横軸が時間で、2018年1月2日の12時(昭和時間)がスタート、終わりが4日の00時となっています。縦軸は風速(青; m/s)と視程(橙; km; *5)です。風速は1時間平均値ですが、視程は3時間ごとの目視による観測値なのでまっすぐな線が多いですが、あまり気にしないでください。
*5) どれくらいまで見えるか、という指標。
見ての通り、時間の経過とともに風速(青線)の値は増加していき、3日の8時から18時ごろにかけては秒速30mほどの強い風となっていました。単純に一日で平均した平均風速では27.5m/s。最大風速(10分間平均風速の最大値)は34.6m/sという風でした。
ではこの最大風速34.6m/sという風は具体的にどれくらい強い風だったのか?
(気象庁|過去の気象データ検索 http://www.data.jma.go.jp/obd/stats/etrn/view/hourly_s1.php?prec_no=99&block_no=89532&view= より描画)
上の図は1959年から2015年までの1月の最大風速が起きた数(日数)です。ただし1962-1966の一部期間は欠損しています。
見ての通り、35m/sを超えるような風が観測された回数は1月は地平線を這うほどしか起きていません。30m/sを超える風も数えるほどで、実は2018年1月3日の強風は、1月としてはここ50年ほどで十指に入るほどの強風現象だったということがわかります。すごいや、さすがターンAのお兄さん!
ということは、これはものすごいブリザードのはず——きっとA級……いやS級や! 味の宝石箱や!
と思いきや、今回の強風はA級どころかC級のブリザードにも達しないかもしれません。理由は視程です。
(気象庁|過去の気象データ検索 http://www.data.jma.go.jp/obd/stats/etrn/view/hourly_s1.php?prec_no=99&block_no=89532&year=2018&month=1&day=3&view= より描画)
もう一度この図を。橙の線で描かれているのが視程で、これは単純に「どの距離まで見えるか」という指標です。ブリザードの強い風は地表面に降り積もった雪を吹き飛ばし、地吹雪となることが多々あります。これにより、視界は悪くなり、遠くのものがなかなか見えづらくなるというわけです。
日本では以下の表ような指標を取っており、それぞれの等級には視程・平均風速・継続時間のすべてを満たしている必要があります。
まず青の風速とその継続時間で見てみると、3日5時ごろからA級の指標である25m/sを超えており、そこから落ちることなく3日23時ごろまで25m/s以上を維持し続けていました。つまり、「風速25m/sを6時間以上」というA級ブリザードの指標のうちのひとつは達成したことになります。
では視程はどうでしょうか? 橙の視程を確認すると、2日の夜から落ち始め、3日未明には4km程度まで落ちてしまっていました。しかしそこからはほとんど変動せず、C級の指標である「視程1km以下を6時間以上」にさえ引っかかりませんでした。
そういうわけで今回の強風現象はC級ですらないのです。
しかしながら、先に述べたようにA/B/C級のブリザードの指標は日本独自のものです。たとえば英Wikipediaを見てみると、
A blizzard is a severe snowstorm characterized by strong sustained winds of at least 35 mph (56 km/h) and lasting for a prolonged period of time—typically three hours or more.
(Blizzard From Wikipedia, the free encyclopedia, 2018-01-03 18:02 UTC時点 より)
とあるので、少なくとも時速35マイル(時速56km) = 秒速15.6mの吹雪がだいたい3時間以上続けばブリザードと認識されるようです。ブリザードの結果として”low visibilities(低い視程)”がもたらされることも書かれてはいますが、特にそれらがブリザードの階級分けに使われている、ということはありませんし、そもそも階級分け自体されていません。
ではなぜ日本は視程を使ってブリザードを分類しているのか?
その回答に関して、もともとこのA/B/C級ブリザードの分類がいつできたのかは知りませんが、「なぜ使い続けているのか」ということについてはある程度推測することができます。
日本南極地域観測隊では、過去58回の観測行動のうち、唯一観測隊員から死亡者が出た事故がありました。第4次の福島紳隊員です。
1960年10月10日、A級ブリザードの中で犬に餌を与えた後で彼は行方不明になりました。彼の遺体は8年後の1968年、昭和基地から4km南西で発見されたそうです。現在、彼が消息を絶ったと考えられている場所には福島ケルンという記念碑があります。
視程という要素は直接的に気象場を表すものではなく、地表面状態や環境、時間によって異なる値を示す複雑な要素です。そのため、基本的には気象の数値計算などに使われる要素ではありません。
しかしながら人間が南極で実際に活動しようとした場合は非常に重要となってくる要素です。先日S17という氷床上の観測地点に行った折には視程は30m程度でしたが、こうなると一度方向を見失ったらアウトで、雪上車から小屋への移動も困難な状況でした。下の画像はS17で30m/sを超える風が吹いていたときの雪上車からの写真。ギリギリ隣の橇と雪上車は見えていますが、足元はもうだいぶ怪しいです。さらに奥にある小屋は見えていませんでした。
このように実際に人間が活動する上で必要な要素を鑑み、それを以って外出注意や禁止令を出すために、未だにこうした視程を条件のひとつに入れたブリザードの指標を使っているのでしょう。二度と同じような犠牲者を出さないために。
ちなみに単純な風の強さを評価する場合、よく使われる指標だとBeaufortスケールというものもあります。こちらは風速だけでその強さを分けています。
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