2018年1月22日月曜日

南極/雪上車SM100S


 南極のブログなんだからペンギンとか見られるんだろうなぁ、と思わせてからの雪、雪、氷、雪、ブリザードでお届けしております本ブログ、ここ三週間ほど更新がありませんでした。この間、外に出て観測があったわけですが、一週間ほど前には昭和基地入りしていたわけで、べつだんそれが主な理由というわけではありません。

 更新が滞っていた単純な理由は、ネットが重いからです。砕氷船しらせに乗っていたときより昭和基地に行ってからのほうがインターネットの接続が悪くなるとは思わなかったです。やりおる。明石が手に入らない。

 とはいえいつのまにか南極OB会のリンクに補足されているということでさらなるクソ&クソ(*1)のギリギリの路線を辿っていきたい(*2)本ブログ、多少の回線の重さには負けておられんわ、ということで更新です。
*1) R&Bみたい。
*2) 途中でゲームか映画の話題にのみ終始するブログに切り替えたい。

 今回は南極に来たということで、これがなければ始まらない、南極でしか見られないであろうものに関する話題……そう、雪上車です。


 あぁ、なんだ、え? 南極に来たらペンギンだとかオーロラとかだろうって? そんなものは動物園やプラネタリウムで見やがれ。氷床上で動いている雪上車が見られるのは南極だけだ。ちなみに氷床というのは氷河のでかいバージョンで、世界にはグリーンランドと南極にしかありません。規模でいうと南極の氷床はグリーンランドの何倍も大きいです(*3)。世界最大の氷床、その上を走る雪上車。どうだ見たくなっただろう。
*3) しらせ大学で習ったことを早速(*4)書いていく受講者の鑑。
*4) よく考えると1ヶ月前だったが、地球48億年の歴史に比べれば僅かな期間です。

 というわけで今回は雪上車です。雪上車なのです。男の子はこういうの好きじゃろ? わしもわかっておるのじゃよ。狐耳金髪ロリババアとか好きじゃろ?

『雪上車運用マニュアル』2017年度版(第9版; 以下、『運用マニュアル』)に記載されている雪上車は、

  • SM100S雪上車
  • PB300雪上車
  • SM60/65S雪上車
  • SM40S雪上車
  • PB100雪上車
  • SM30S雪上車

です。

『運用マニュアル』によれば、

  • 内陸調査・輸送旅行用の大型雪上車→SM100S、PB300
  • 氷上輸送用の中型雪上車→SM60/65S
  • 大陸周辺部調査旅行用の小型雪上車→SM40S
  • 助走・滑走路整備・氷上輸送用の小型雪上車→PB100
  • 沿岸・海氷調査旅行用の浮上型雪上車→SM30S

という分類になっているようです。

 今回の記事では、内陸調査・輸送旅行用として用いられるSM100Sについて説明していきます。なぜかというとコレしか運転したことがないからです。どうせコレ使うし、それにここで書いておけば忘れないし、忘れたとしても参照できるし。

 あのなんかアレだよな、このブログ、南極を紹介するというか自分のまとめのために使っている気がする。
 いや、でも内陸行くなら雪上車は確実に使うわけで、これはアレです、ペンギンとかオーロラの写真を載っけるより絶対役立つ。ペンギンの写真が載っている本なら佃煮にするほどありますが、現地での雪上車の運転方法が書かれたものなんてそうそう見つからないはず。良いのです、このブログはそういうブログなのです。素晴らしいな、この星を守るため。

 SM100Sは幅2.9m、長さ6.9m、11トン雪上車(11,500kg)で、これより重いのは前述した中では12トンのPB300のみで、雪上車としては大型に分類されます。最大積載量は1,000kg。最高速度は時速21kmとけっして早くはありませんが、最低運用気温は-60度で6種類の雪上車の中でももっとも寒さに強い機体です。そのため南極大陸氷床全域での行動に向きます。


 一方で重すぎるため、海氷上は基本的に走らないことになっています。ちなみに参考燃費は4.4l/kmです*5)。履帯(キャタピラ)持ちです。たぶん転倒の状態異常とか受けないんだろうな。つよいぞ。
*5) 4.4km/lではない。念のため。
(以上、データは『運用マニュアル』より)

 運転席を含めて4座席、2名分のベッドもあります。炊事が可能。3kVAの発電機で、100V電源の供給が可能となっています。


 今回は、夏季の内陸斜面上での実際の運用に関して下記に示します。なお、以下の内容は特に公式のものや『運用マニュアル』からの引用ではなく、個人的に教わった雪上車SM100Sの運用方法となります。正しい使い方は違うかもしれませんので、実際に南極で乗る場合は車両担当にご確認ください。


1) 立ち上げ
 まずは何があろうと立ち上げからです。
 内陸用の雪上車の駐車場は昭和基地から東へ約20km、標高約600mのS16という名の中継地点です。この地点は内陸旅行のための中継地点でもあり、日本の観測隊が内陸へ向かう場合は基本的に立ち入る場所でもあります。

 基本的に車両は風向きに正対する形で駐車されています。これは地吹雪によって風が障害物の左右や背後に吹き溜まる性質のためです。風向きに対して顔を背けるように駐車してしまうと、地吹雪のあとに出る際に前に向かえなくなってしまいます。

 とはいっても、ちゃんと風向きに正対して駐車していたからといって簡単に立ち上げられるかというと、それはまた別の話。地吹雪に晒され続けていた雪上車は当たり前のように雪の中に埋もれているので、これを適当に掘り起こす必要があります。ある程度の坂道は登れるので、前面に登り坂を作って掘り出します。

 外側の状態を整えている間に、雪上車そのものの立ち上げを行います。まずは車両上にある排気口に巻かれている毛布(雪除け)を取り除きます。また車両内部、中央部右側にあるバッテリーボックスを開け、マイナス端子をバッテリーに繋ぎます。


 エンジンオイル等も点検する必要があります。車両前部中央やその後ろに開けられる部分があるので、オイルがきちんと入っているかどうかを点検します。そうそう減るものではありませんが、まぁ雪上車立ち上げの儀だと思って確かめておきましょう。


2) 始動
 始動です。上の立ち上げ作業は車両を最初に立ち上げる場合にのみ行えばいいのですが、この始動作業からは車両に乗る際には毎度行う作業となります

 まずはクランキングです。車両のエンジンには立ち上げ当初は燃料がしっかり回っていないため、最初の始動時は燃料をしっかり馴染ませる必要があります。そのための作業がクランキングです。
 クランキングの方法は至極簡単。運転席右上のところに「クランキング」と書かれたツマミがありますので、これをONにして右下のエンジンキーを「START」に入れるだけです。きゅるきゅるという音がしますので10秒ほどSTARTに入れ続けます。この動作でエンジンに燃料が馴染むらしいですが、あまり連続でやり続けてはいけないので10秒入れたら30秒ほど休ませましょう。10秒START、30秒休み、と二、三度繰り返しているうちにオイルランプが消えればクランキングは完了です。
 

 ある程度燃料が回ったところでスタートです。クランキングのツマミをオフに入れ、エンジンキーをSTARTへ——と言いたいところですが、ここでひとつ注意点が。南極観測隊では車両のエンジンスタート/前進/後退時にクラクションで以下のような合図をするルールがあります。


  • 1回 - エンジン始動
  • 2回 - 前進開始
  • 3回 - 後退開始


 そういうわけで、まずはエンジンキーをSTARTまでには入れず、OFFからONへと回します。バッテリー警告等のランプが点灯しますが、ひとまずクラクション一回。それからエンジンキーをSTARTへ入れ続けて始動です。

 始動してしばらくするとバッテリー等の警告ランプが消えるはずです。
 エンジンが始動したら、一度外に出てやることがあります。それは吸気口と排気口を開けることです。運転席ではエンジン温度を確認することができます。メーターは概ね50/80/100度の区切りになっているはずで、80度までがグリーン、それ以上がレッドゾーンとして塗られているでしょう。エンジンは温度が上がらないと機能が発揮できませんが、高すぎると壊れてしまいます。エンジンを冷却するために空冷で冷ましてやるというわけです。


 運転席を降りて車体前部に回り込むと、フロントガラス下に観音開きのような扉があります。これをとりあえず片方(長く乗るなら両方でも)開けておき、バーで固定します。後ろにも留め具で止めるタイプの口が三つ空いているので、そのうちひとつ(温度が上がってきたら他のふたつも)を外し、中に放り込んでおきます。

 これでエンジン周りはひとまずOK。立ち上がったので助手席側の後部座席近くの壁にある配電盤で、無線などのブレーカーをオンにしておきましょう。



3) 慣らし運転
 エンジンも始動してさぁ出発だ——と行きたいけど行けないのが南極。本格的な運転の前に、エンジンの温度を上げるための慣らし運転というものが必要になってきます。

 慣らし運転は約100mの距離を前進後退で三往復するだけの簡単なものです。慣らし運転のためには当たり前ですが発進しなければならないわけで、まずは前進後退の方法を知らなければなりません。
 
 SM100Sはこう見えてオートマです。なので左手のシフトレバーをニュートラルから一速へ入れれば、それだけで前進を始めます。時速はおそらく1km程度でしょう。エンジン回転数も500-600くらいだと思います。とりあえずこれで前進。先に書いたように前進前には2回クラクションを鳴らすことを忘れずに。
 ちなみにSM100Sはノーブレーキです。いや、いちおうブレーキとして使えるものはないではないんですが(サイドブレーキもあるし)、まぁ基本的に使わないです。止まるんじゃねぇぞ。



 100m進んだら一度シフトレバーをニュートラルに入れて止めてから、後退します。これも簡単で、レバーをリバースに入れるだけ。入れる前に3回クラクションを鳴らしましょう。ずんどこずんどこと100m後退して元の地点まで戻ります。

 これをもう一度繰り返します。エンジンが回っていると、だんだんと車内は暑くなってきます。外の天候が問題なければ、窓を開けておくとやや涼しくなります。手指を挟まぬように固定できます。また、天窓も開きます。それでも足元は暑いけど。

 二往復をアクセルを踏むことなく終えました。最後にもう一往復しますが、今度は軽くアクセルを踏んで行います。アクセルの位置は普通車と同じです。「軽く」の目安は、だいたいエンジンの回転数が1000回転程度になるくらい。一定速度で前進、そして後退します。

 これで雪上車で三往復を終え、慣らし運転終了です。所要時間としてはおおよそ30分くらいでしょうか。使う日の最初にやっておけばOKです。


4) 運転
 ここまで来てようやく運転に入れます。 

 先に書いたようにSM100S雪上車はオートマで、ギアはN/1/2/3/D/Rの四段変速です。夏季期間は2-3速で使っていたことが多かったです。
 カタログスペックでの最高時速は時速21kmですが、実際に回転数が一定数を超えないように使うとなると、時速12km程度がせいぜいになると思います。とはいえ歩くよりはずっと早いですし、重い荷物や橇も運べます。すごいぜ! でも燃費悪いぜ!

 SM100S雪上車にはハンドルがありません。代わりにロボのコックピットみたいなレバーがふたつ股のところに突き出ていて、これがハンドル代わりになります*6)。
*6) ロボのコックピット観がこれでもかというほど古い。

 操作は直観的で、引いているレバーの側のキャタピラが止まります。なので右に曲がりたい場合は右のレバーを引けば左だけが進むので曲がれるわけです。バックの場合も、右後方に進みたい場合は右を引きながら後退すれば良いというわけです。

 注意点として、あまり長くキャタピラを止めてしまうと、履帯が外れてしまう(脱輪)の可能性があります。なので大きく曲がりたいときには一定時間引く→戻す→引く、という動作を繰り返す必要があります。
 この一定時間だとか、あまり長くだとかがどれくらいなのか、という具体的な時間はぶっちゃけわからねぇのですが、少なくとも2秒くらいなら引いていられるようです。レバーは重く、何度も引いたり戻したりするのはわりと労働ですが、脱輪はまずいので嫌いな相手を罵倒しながら頑張りましょう。

 その他、走行中に注意する点としてはエンジン温度でしょうか。《始動》の項でも述べましたが、エンジン温度は80度まではグリーン、80度以上はレッドゾーンです。80度以上に温度が上がりそうだったら、前面の観音開きの扉を大きく開けたり、後部の排気口を開ける口を増やしたり、それでも温度が上がりすぎるようならエンジンを休ませましょう。


5) 駐停車
 停車の方法は簡単で、シフトレバーをニュートラルに入れるだけです。駐車はそのままエンジンキーをオフにするだけでOK。
 注意点があるとすれば、車の向きです。前にも書きましたが、南極は風が強く、障害物があると地吹雪が側面から背面にかけて雪溜まりを形成するため、風向きに正対するように駐停車しておかないと、いざ出すときに苦労することになります。

 また、雪が入ってくると良くないので、エンジン温度を下げるために開けておいた前面の観音開きの吸気口や後部の排気口を元どおりに閉めておきましょう。


6) 終了
 一定期間使わないとなったら、バッテリーが上がってしまうのを避けるために配電盤のブレーカーをすべてオフにしておきましょう。SM100Sはバッテリーと電気系統が直結なので、エンジンをオフにしても電気を使ってしまいます。


 また、さらに長いこと使わない場合は、立ち上げの際に繋げたバッテリーのマイナス端子を外し、雪が入らないように上面の換気口に毛布を被せて固定しておきましょう。これで雪上車の使用は終了です。おつかれさまでした。

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© この星を守るため
Maira Gall