2018年5月21日月曜日

その他/ドラゴンと蜃気楼


 2018年5月9日の昭和基地Now!!原稿を担当したのですが「一般的に難しい」(*1)と言われて、大幅に内容を削除修正&タイトルを変更されました(変更の了承確認は受けています)。だいぶ会心のタイトルだったのですが。
*1) なぜかジョークまで削除された。一般的に難しいジョークだったか。

蜃気楼|国立極地研究所 南極観測のホームページ│昭和基地NOW!!
http://www.nipr.ac.jp/jare/now/

 ハゲの人が使うシャンプーみたいな記事になったのが腹立だしいので、こちらに元原稿を残しておきます。掲載版と比較してみてください。



ドラゴンと蜃気楼


 5月9日は59次隊の日ということで、今次隊で完成した基本観測棟屋上で写真撮影を行いました。前次隊の58次隊は5月8日に撮影していたため、次なる60次隊は6月0日に記念撮影をするだろうと予想されています。

5月9日を記念しての59次集合写真。

 写真撮影をした際に、北西の海氷上に蜃気楼が現れていました。上下の鏡合わせのように浮かび上がっているように見える海氷がそれです。

集合写真時に北西の方向に生じていた蜃気楼。

 蜃気楼の「蜃」というのは車螯という蛤のような見た目の大きな貝、または蛟という龍を意味します。古代中国では、遠くに本来見えないはずの楼(高い建物)が見えた際に、これら蜃という化け物が吐いた気によって見せられた幻であると考えたわけです。

 実際のところ、蜃気楼は幻ではなく、光が捻じ曲げられた結果として生じる光学現象です。

 光の速度は秒速およそ30万キロメートルですが、正確には媒質(空気や水など)の種類やその温度、気圧によって変化し、たとえば大気の温度が高ければ高いほど、光の速度は速くなります。そして速さが異なる境界では、光は屈折してその進行方向を変化させます。

 光が屈折でねじ曲がっても、人間は経験から「光は直進するものである」と認識し、本来光が進んできた方向ではなく、ねじ曲がった光が直進してきたと仮定した方向に物体があると解釈します。

 蜃気楼は、この結果として生じる現象です。 

 そのため蜃気楼があるということは、光が強く屈折するだけの温度の違いが存在している、ということになります。大気の鉛直構造を測定することができれば、蜃気楼をもたらした光がどのような経路を通って、この幻想的な風景を作り出したかを計算することが可能です。

 逆にいえば、蜃気楼とそうでない状態の風景を比較することで屈折の経路が理解できれば、大気の鉛直構造を推定することもできます。ただし、このように結果を見て、原因となる状態を求めるのは「逆問題」といわれる複雑な問題です。通常の原因から結果を推測する順問題がドラゴンを見て足跡の形を推測しようとするのに対し、逆問題は足跡を見てドラゴンを推測する行為として例えられます。

Bohren, C. F., & Huffman, D. R. (2008). Absorption and scattering of light by small particles. John Wiley & Sons. より図1.5。ドラゴンからその足跡を推定する正問題(a)と、足跡からドラゴンを推定しなければならない逆問題(b)。

 逆問題を解くためには、それまでに集めてきたさまざまな情報を駆使したり、いろいろな計算を試してみたりすることになります。

 南極の空は世界一清浄で美しいといわれています。

太陽高度-4度での薄明の空の観測。

 その空を眺めるだけではなく、その空を作り出しているものに焦点を当てれば、空はただ静謐なだけのものではなくなります。

 といってもそれも太陽の光が昇っている間だけのこと。南半球の5月はもはや冬。太陽の昇らぬ極夜も指折り数える段階へとなっているのでした。

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Maira Gall