2017年12月20日水曜日

南極/環境保護条約


 南緯60度を過ぎた領域でも生物はちらほらと見られます。

 南極の生物というと代表的なのがペンギンやアザラシで、一週間くらい前まではマカロニペンギンが遠方で見えては一喜一憂したり、ノドジロクロミズナギドリのような空飛ぶ鳥の写真を撮ったり、クジラを眺めたりしていました。

 クジラが出現すると『◯◯方向に鯨を確認、距離○○m』などという館内放送が入りまして、そのたびに「ちょっと見てくる」と同室の方が飛び出していき、その数分後に『鯨は見えなくなった』というアナウンスが入ってほくそ笑むのが常だったのですが、先日は距離50mのところに複数個体が出現していて、「たまには見に行ってやるか」と外に出た自分にも見ることができました(といっても頭が少しと潮吹いているのがわかる程度だけど)。

 ちなみに数日前からはペンギンが過飽和状態で、その辺の海氷上をうろついているため、もはや被写体としての価値が失われつつあります。人間って飽きるのが早い。


 というわけで今回は南極の生物の話——といければ良いのだけれど、そういう話を書くにあたってはやはり写真が欲しいわけで、現行メールの平文でしか書けない状態だといまいち味気がない。

 なので今回は生物や環境を守るための保護条約に関するお話にしたいと思います。十二月末には(*1)だいたいの隊員が昭和基地に入り、インターネットが閲覧可能になるため、前回の記事のまま(*2)だと見た庶務とかの顰蹙買いそうだしまともなこと書いておかんと(*3)。
*1) この手の内容は公式発表を先にしないといけないので詳しい日付についてはぼかす配慮。
*2) 頭の話題が任天堂とイースと風来のシレンに終始している。
*3) 船内で発行した新聞でもう買っているが。

 以前に観測隊/日本南極地域観測隊のところで『南極条約』という単語が出てきました。1961年当時は日本を含む12ヶ国(*4)で発効されたこの条約、現在では53ヶ国が締結しております。
*4) アルゼンチン、チリ、ニュージーランド、南アフリカ、オーストラリア、フランス。ノルウェー、イギリス、ベルギー、日本、ロシア、アメリカ。

 この国際的な取り決めでは、南緯60度以南の地域に対して、

  • 領土権主張の凍結(どこの国のものでもない)
  • 軍事基地の建設等の禁止(平和的利用)
  • 科学的調査の自由およびその国際協力の推進

ということになっていました。


 しかしながら南極での基地活動や、年間3万人訪れるという観光客の増加の環境への影響が懸念されていたことで、平成九年(1998年)に『環境保護に関する南極条約議定書』(以下、議定書)が発効。こちらは39ヶ国が締結しています。どんな内容かを示すわかりやすい条文は第2条で、以下の通り。

第2条 目的及び指定
 締約国は、南極の環境並びにこれに依存し及び関連する生態系を包括的に保護することを約束し、この議定書により、南極地域を平和及び科学に貢献する自然保護地域として指定する。
(『南極保護に関する南極条約議定書』より)

 つまるところ、南極条約の時点では領土や軍事的な話に重きが置かれていたのに対し、こちらの『議定書』ではその名の通り、環境や生態系の保護に重きを置いているということになります。


『議定書』そのものは27条までの短いものですが、付随書が一から五まであり、一は環境影響評価に関して、二は南極の動物相及び植物相の保存に関して、三は廃棄物の処分及び廃棄物の管理について、四は海洋汚染の防止について、五は地区の保護及び管理に関してのものになっています。

 この『議定書』によって、はじめて南極が探検すべき場所から環境的に守らなければいけない場所になったといっても過言ではなく、逆に言うと付随書の内容はこれまで蔑ろにされていたことを取り締まるようになった内容であるともいえます(*5)。
*5) これ以前は生態系の保存やゴミに関して、めちゃくちゃいいかげんだった。たとえば日本の観測隊に関しても、現在はゴミは持ち帰るようにしているが、昔のゴミは現在も南極に残っていて、持ち帰られる日を待ち望んでいる。

 そういうわけで、南極の環境問題についてはこの『議定書』で国際的に規制できるようになったわけですが、日本の場合はさらに同年の1998年に『南極地域の環境の保護に関する法律』(以下、『保護に関する法律』)というものを制定し、さらに環境に配慮し始めました(*6)。
*6) とんだ好き者だぜ。

『保護に関する法律』の目的ですが、

第1条 この法律は、(中略)環境保護に関する南極条約議定書(同議定書の付属書Ⅰから付属書Ⅴまでを含む。以下「議定書」という。)の的確かつ円滑な実施を確保し、もって人類の福祉に貢献するとともに現在及び将来の国民の健康で文化的な生活の確保に寄与することを目的とする。
(『南極地域の環境の保護に関する法律』より)

となっています。第4条にも、

第4条 環境大臣は、議定書の的確かつ円滑な実施を図るため(後略)
(『南極地域の環境の保護に関する法律』より)

とあるため、どうやらこの『保護に関する法律』は『議定書』をベースとしたうえで、それを実行していくための法律と考えて行くのが良さそうです。


 具体的な内容なんですが、法律の条文とか見ているとフンッとなるため、以前に解説されたことをそのまま書き下すと、

  • 南極地域で行う活動は事前に環境大臣の承認が必要
  • 行為者証の携帯の必要
  • 岩石の採取の禁止(石ころでさえもダメ)
  • 検査を受けていない生肉の持ち込みは禁止
  • 生物の持ち込みも禁止(食べるためのものは除く)
  • 哺乳類や鳥類の捕獲や殺傷の禁止
  • 植物の採取や損傷する行為も禁止
  • 廃棄物の分別と適切な処理

などがあるそうです。

 こうした法律がバックグラウンドにあるため、日本南極地域観測隊では、たとえば現地での研究活動をする場合でも、それが環境に配慮したものであるかどうか、「南極地域活動の目的、時期、場所、実施方法」などを書いた申請書を事前に提出する必要があります。

 たとえば気象観測装置でラジオゾンデというものがあります。簡単にいうと、風船に温度計などの観測装置をくくりつけて上空へ飛ばすものなのですが、その構造上、ラジオゾンデ本体は高確率で遺棄されることになります。


『保護に関する法律』では、基本的に、

第16条 何人も、南極地域においては、次の各号のいずれかに規定する方法による場合を除き、焼却物を焼却し、埋め、排出し、若しくは遺棄し、又はその他の方法による廃棄物の処分をしてはならない。(後略)
(『南極地域の環境の保護に関する法律』より)

なのですが、このラジオゾンデの場合は「次の各号のいずれかに規定する方法」に含まれているので飛ばす、ということを申請書に書く必要があるわけです(実際にはもうちょっと具体的に書きますが)。

 特にわかりやすい制限行為である、


  • 『保護に関する法律』第13条(鉱物資源活動の制限=勝手に石とか持って行っちゃダメよ)
  • 同法14条第1項(生きていない哺乳綱又は鳥綱に属する種の個体の南極地域への持込=ちゃんと検査を受けたものしか持っていっっちゃダメよ)
  • 同法同条第2項第1号(南極哺乳類若しくは南極鳥類の捕獲若しくは殺傷又は南極鳥類の卵の採取又は損傷=生物を傷つけちゃダメよ)
  • 同法同条同項第2号(生きている生物の南極地域への持込み=外から持ち込んじゃダメだって)
  • 同法同条同項第3号(南極地域に生息し、又は生育する動植物の生息状態又は生育状態及び生息環境又は生育環境に影響を及ぼすおそれのある行為=だから影響与えるようなのもダメだって……聞いてる!?)
  • 同法第16条(廃棄物の処分及び保管=ゴミもちゃんと持ち帰って言ったよね!? アナタっていっつもそう!)
  • 同法第18条(ポリ塩化ビフェニル及び南極地域の環境の保護に関する法律施行令第5条で定める物の南極地域への持込み=それなのになんでポリ塩化ビフェニルなんて持ち込むの!? 信じられない!)
  • 同法第19条(南極特別保護地区への立入り=もうここから先に入ってこないで!)
  • 同法第20条(南極史跡記念物の補修等=アナタなんてもう知らない!)


に関しては、少しでも侵す可能性がないかどうかを詳しくチェックされます(*7)。
*7) ちなみに14条第2項第2号の「生きている生物の南極地域への持込み」に関しては生物に「ウイルスも含む」とある。DNAではなくRNAによって情報を受け継ぐウイルスはしばしば生物の定義の境界上に存在することもあるが、『保護に関する法律』では生物扱いらしい。

 というわけで今回は南極の環境保護に関する法律のお話でした。勉強苦手なのでこういうの見るの疲れた。

 ちなみに現況ですが、第一便(砕氷船「しらせ」から昭和基地への最初の便)が飛びました。こういうことは公式発表があるまで書くなよアァンわかったかオイと言われているのですが、公式発表されたと連絡があったため書いておきます。

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Maira Gall