2018年7月29日日曜日

観測隊/情報発信

 朝起きたら小さいシーツのようなものが足元にあって、「シーツが分裂して新しいのが生まれたか」と思ったら白い服でした。な……何を言っているのかわからねーと思うが、おれも何をされたのかわからなかった……。催眠術だとか超スピードだとかそんなチャチなもんじゃあ断じてねえ。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……。

 どうやら寝る前に洗濯物を畳んでベッドの上に置き、それを忘れたまま寝たようです。それ自体はわりとよくあるのですが、今回は衣服が綺麗に畳まれた状態を保ったままだったので、新たなシーツが誕生したのかと思いました。脳は正常です。

 さて、ミッドウィンターが終わり、極夜も明け、忙しい時期が続いているわけですが、極夜の間にミッドウィンター祭以外に集中して行なっていることがありました。

 それは南極教室と呼ばれる、日本の学校とビデオ接続して昭和基地を紹介する情報発信広報活動です。
 また、南極中継と呼ばれる、学校に拘らない場所との中継もここのところ行われています。先日は静岡の静岡科学館科学茶房と中継があり、出演させていただきました。

 こうした活動は特に極夜時期のみ行っているわけではありませんが、極夜の期間は外での活動が少なく、逆にいえば他の時期は観測・設営活動に精を出さなくてはならないため、しぜんとそれ以外の活動がこの時期に多くなるわけです。

 今回はこの情報発信について書いていきたいと思います。

 さて、まず南極観測隊からの情報発信としては、主として3種類のルートがあります。


  1. 南極本部または国立極地研究所が発信元となって行うもの
  2. 同行記者による取材
  3. 隊員個人のSNS等による情報発信


1) 南極本部または国立極地研究所が発信元となって行うもの
 南極本部や極地研が公式に発表するものですが、

  • 重要な情報に関する報道発表
  • 公式ホームページでの発表・個別の機構及び雑誌等への定期掲載
  • 南極教室・南極中継・南極授業

が主としてあります。

 重要な情報に関する報道発表というと、たとえば南極の氷床下に埋まっていた謎の遺物を掘り返したことで目覚めた物体が隊員たちに寄生して暴れまわり始めた、だとかが思いつきますが、それ以外にも、昭和基地に接岸した、というような毎年行われることでも重要な情報として報道発表に回されるものもあります。
 注意点としては、これらの報道発表する予定の情報は、報道発表が行われるまえに(後述するSNSなどで)個人で発信してはいけないということです。発信自体は可能ですが「先にしてはいけない」のです。

 実際に個人で発信した場合にどうなるかは伝えられていませんが、たぶん昭和基地引き摺り回しに処さるか鋸引きだと思います。なのでThe thingとかブリザーガ、ジャムなどが迫っている状況で自撮りして「昭和基地壊滅なうw」(*1)となどとTwitterに投稿することはできず、隊長から極地研へ、極地研から南極本部へ、本部から報道機関へ、機関から公表されたのを確認してからようやく投稿できます。
*1) そういえばなうって聞かなくなったな。

 公式ホームページでの発表や個別の機構及び雑誌等への定期掲載に関しては、どちらも極地研広報室を通して行われます。公式のものとしては、
→南極観測のホームページ
→昭和基地NOW
です。ここに隊員が記事を寄稿する場合、基本的には極地研広報室から隊長・庶務経由で依頼があり、隊員が執筆、隊長・庶務に戻してから広報室を通って掲載されます。
 これ以外の媒体に掲載される場合でも基本的にこの流れは同じで、極地研広報室を経由してもらわないと掲載はできません。なので依頼がある場合は一度極地研へ打診してもらい、そこから南極本部で検討したのちに依頼を受けるかどうかが決定されます。

 南極教室・南極授業・南極中継はTV会議システムを利用したリアルタイムでの中継システムです。


「南極や昭和基地のことを紹介する」「リアルタイム中継である」「一般の人間に向けて発信する」といった点は共通ですが、違いとしては以下の通りです。


場所対象主たる発話者時期
南極授業派遣教員の学校学生派遣教員
(夏季同行者)
夏
南極教室隊員に関連した学校学生越冬隊員越冬
南極中継科学館
サークル会場など
団体関係者
参加聴衆など
越冬隊員越冬

 上の表の通り、南極教室と南極授業は、場所が学校であり、対象が学生であるという点は共通です。違うのは夏隊同行者である現職派遣教員によって行われるか、それとも越冬隊員によって行われるかという点です。



 南極授業のほうは、夏時期は外に観測に行っていることが多かったのでよく知りませんが、南極教室は相当のコストをかけて行われています。具体的には、

  • ビデオカメラなどの本格的な機材を用いての中継
  • MCのほか、ディレクターやタイムキーパー、AD、照明係の存在
  • ちゃんと台本がある

などです。対象が若い学生だからかしっかりしていますが、そのぶん自由度が低いというか、枠がきっちりしすぎている感がないでもないです。



 一方で南極中継はというと、こちらは、

  • iPadなどを用いた簡易的な中継
  • 大型機材を使わず、授業でもないので最低限の人数で可能
  • 台本がない場合があり、MCの裁量が大きい

といったところ。



 上のように書いてしまうと、中継のほうはものすごくいいかげんにやっているように聞こえてしまいますが、最低限の人数で簡易的な装置を使うということは動きが軽く、コードという物理的な制約のあるビデオカメラでは行けない場所、たとえば外の広場から中継を行うこともできるということです。



 また、台本がなくMCの裁量が大きいため、時間の使い方も中継先の状況や実際の進行に従って決めることができ、内容もそれぞれの開催場所に合わせて決定することができます。南極教室はある程度の大枠が決まっているため、何度も見る人がいたら途中で飽きられてしまうでしょう(*2)。そういうわけで、個人的には南極中継のほうが好きです。楽だし。
*2) 「おれは南極教室のために各地の小学校を転々としているぜ」という小学生20年のプロの南極教室リピーターだとかには。


2) 同行記者による取材
 過去には日本新聞社から派遣された同行記者が観測隊に加わっていたことがありました。しかし今回の59次隊では派遣記者はいないので、この「同行記者による取材」がどんなものなのかはよくわかりません。

 ただし今回は「企画提案取材」というメディア関係者の取材による採択枠があり、NHKからの同行者が2人採択されていました。過去の記録を見るとNHKはしばしば昭和基地を訪れ、取材を行ったり、送受信設備を建設していたりしたようです。


3) 隊員個人のSNS等による情報発信
 観測隊員による個人的な情報発信も認められており、本ウェブログ『この星を守るため』もそうした個人情報発信のひとつです。

 さて、個人の情報発信については3つの規制があり、それは、

  • 未公表の公式情報を扱わない
  • 開設しているHP等のアドレスを隊長・情報発信、広報室に告知する
  • 公序良俗に反したり、観測隊の名誉を傷つけてはいけない

というものです。ちゃんとこれに従っているかどうか見てみると、

・未公表の公式情報を扱わない
→そもそも時事ネタをそんなに扱っていないうえに、何かが起きてから記事にするまでが遅いので未公表の情報がない。

 よし、大丈夫。

・開設しているHP等のアドレスを隊長・情報発信、広報室に告知する
→航行中のHPを確認し難い時期とはいえ、通達した。

 よし、大丈夫。


・公序良俗に反したり、観測隊の名誉を傷つけてはいけない
→

 本日は以上です。

2018年7月14日土曜日

観測隊/夏訓練と冬訓練


 →前回の記事でも触れましたが、六月後半はミッドウィンター祭でした。

 箝口令が敷かれているため詳細は話せないのですが、我々の『円周率は3』という頭の悪さが溢れ出る最年少チームが優勝。結果としてわたしは景品のトートバッグを得て、洗濯物の入れ物として使えるようになりました(*1)。
*1) それまではオーストラリアで買い物したときのビニール袋を使っていた。

 昭和基地はそんな6月だったのですが、日本ではというと、60次隊の夏訓練のお知らせが来ていました。

 →スケジュールの話のときも書きましたが、観測隊は候補者となった時点で、2-3月ごろに行われる冬訓練、6月ごろに行われる夏訓練に参加することになります。これらの訓練、いちおう参加は任意ということですが、ほらなんかこう、あれじゃん、実質強制じゃん、ねぇ、強制じゃん、というアレです。

 今回はこの夏・冬の訓練に関するお話です。

 ちなみに今回使用する画像は、一部以前使ったものの使い回しです。撮った写真が家のPCに入れっぱなしで手が出せないので。クラウドストレージも漁ってみたのですが、いちばん古い画像がsl(*2)のキャプチャでした。なにわけのわからないもののキャプチャを撮っているのだ。
*2) lsというlinuxで非常によく使われるコマンドのパロディであるジョークコマンド。lsは対象ディレクトリのファイル一覧を表示するが、slは機関車を走らせる。いちおう昔は意味があったらしい。


 冬訓練は2月-3月ごろ、長野県のとある高原で5日間かけて行われます。

 冬訓練の目的は3つで、

  1. 観測隊員・同行者候補の相互の理解と親睦を深める。
  2. 観測隊員・同行者候補として南極で必要な情報の提供および歴史・運営に関する講義。
  3. 南極での行動・安全に関する理解を深めるため、冬季の寒冷地における野外活動や非常時の技術の獲得。

となっています。昨今はこれらの目的も形骸化しているのではないか、などと囁かれていたりしますが、まぁ大きいのは1でしょう。たぶん。初顔合わせとなる観測隊が5-6人程度でグループを組んで宿泊、野外活動を行なっていきます。

 具体的に何をするかというと、まずは座学で観測隊に関する一般的な話、南極フィールドワーク学概論などもありますが、メインとなるのはルート工作、サバイバル訓練、雪上訓練などに関する行動に関する講義です。

 次に野外活動ですが、大きな野外活動は2つあり、ひとつは二日目の午後に行われるルート工作訓練です。これは宿泊施設近隣の園地で行われます。

 ルート工作というのは海氷上や氷床上に一次的に安全が確保された道を作る作業を指します。


 昭和基地は東オングル島という島の上にあるため、他の島や大陸に出かけるためには、海氷・氷床上を移動することが必要不可欠です。海氷・氷床上の危険についてはホワイトアウトやクラック、プレッシャーリッジにクレバスなどさまざまなものがありますが、これらの詳しい説明はあとに送るとして、今回はルート工作訓練そのものについてのみ説明します。

 訓練ではスタートとゴールのみ印がついている園地内の地図をあらかじめ渡されていて、まずは前日にルートを記入します。
 具体的には、

  1. ゴールに到達するまでの道程を、地図上から見て険しくならない場所、危険の少ない場所を中心に設定する
  2. 道程を複数の直線で区切り、各区切りを標識旗設置場所とする。
  3. 各標識旗設置場所に番号をつけ、前の標識旗設置場所から次の標識旗設置場所の磁方位や相対方位、距離、緯度経度を測る。

という流れでルートが設定されます。たとえば下の図のように。実際はこんな広い範囲をこんな大雑把にルート設定しないし、線の引き方もてきとうだけど、まぁイメージということで。



 当日はこのルートを実際に辿るわけですが、具体的にどう辿るかというと、

  1. コンパスで次の標識旗設置場所の方向を見つける。
  2. 次の標識旗設置場所に向けて(あらかじめ測っておいた)歩数・歩幅から計算される設定距離を歩く。
  3. 到達した場所に標識旗を設置する。
  4. 1に戻る。

となります。GPSで緯度経度を測定したりもしますが、こちらはあくまで補助。メインとなるのは伊能忠敬のように地道な手法なのです。

 グループごとに行うので、旗の設置、方位測定、歩幅による距離測定と分担はできるのですが、それでも予想外に時間がかかり、普通なら一時間もかからない距離を踏破するのに、その三倍以上の時間を要しました。しかも到達地点が予想とけっこうずれる。

 もうひとつは三日目の午前中から四日目の午後まで、丸二日かけて行われる一連のサバイバル訓練です。

 サバイバイル訓練は、

  • テント設営、負傷者の搬送訓練、ツェルトの使用方法などからなる一般的なサバイバル訓練
  • ツェルトでのビバーク体験
  • 雪上歩行、ロープワーク、クレバス脱出訓練などの雪上訓練

 などがありますが、簡単にいえば「荷物を担ぎカンジキを履いて山を歩き、テントを張り、雪の壁で風を避ける」というのサバイバル訓練の主たる内容です。


 実際にこれが役立つかというと、まぁあんまりこんな機会はないわけで、いまのところカンジキも履いていないしテントも訓練以外で張っておらず、雪の壁も作ってはおらず、「この訓練が(南極よりも)寒くて大変だった」というコメントさえある(前次隊のときは寒かったらしい)のですが、どちらかというと非常時の備えのようなところもあるかもしれません。個人的には山歩きがいちばん大変でした。体力なしなので。


 一方で夏訓練ですが、こちらは6月の半ばごろ、甲信越の温泉地の近くで行われます。温泉行きたいだけでは。


 こちらも座学と野外活動の2種類が主で、座学は越冬生活や設営、輸送、情報共有、装備などに関する情報を得ます。

 野外活動は夏季訓練では大きいものはひとつだけで、グループスコアオリエンテーリングというものを行います。
 これは、

  1. 地図を使ったナビゲーションに親しむ。
  2. 組織力を養う。

というふたつの目的に沿った訓練ということなのですが、ようは冬訓練でやったルート工作訓練をもっと簡易にしたようなものです。

 参加者は各班に分かれ、地図、コンパス、チェックボードを持ち、チェックポイントを辿っていくことになります。
 一般的な「スコアオリエンテーリング」というものがどういうものなのかはわかりませんが、簡単にいえば地図から目的地にどう辿りつけばよいか推定し、その通りに動くというだけです。穏やかな野外活動ですね? しかし闘争心盛んな野郎どもしかいないので、グループ間の競争が熾烈になり、最終的にはチェックポイント間を全力疾走することになります(*3)。辛ぇ。
*3) ポイントを稼ぐために「まだいける! いける! 諦めるな!」と松岡修造のノリでみんな走っていった。

 冬訓練と夏訓練はこのように座学と野外活動をふたつの柱としていますが、ほかにもロープワークや救命救急措置訓練など、南極で役に立ったり立たなかったりする技術を習得したり、早朝に起きてランニングをしたり、なんか縛ったりします。


 観測隊・同行者候補の方は、ぜひご参加ください(*4)。
*4) 自分はもういいや。

2018年7月2日月曜日

隊員/気象定常観測越冬隊員の場合


 この[隊員]ページ第59次南極地域観測隊の隊員のうち一部に個人的にインタビューをし、纏めたものです。個人の詳細については深く立ち入らず、内容は、

  • 南極での仕事 :何をするために南極に来たか
  • 南極に来た経緯:どうすれば南極に来られるか

に集約されています。


南極での仕事


 気象観測。
 その中でも特に地上気象(温度計、風速計など)を担当。またS17の気象ロボット、雪尺観測なども担当している。

南極に来た経緯


 もともと地球化学科の研究室でフィールドワークに出た経験から、船関係の仕事がしたい、現場に出たい、いろいろな場所に行きたい、という理由で気象庁に入庁した。
 南極観測部に志願したのは、せっかくだから誰も行けないような場所に行きたい、という理由。

南極の感想


 南極はブリザードが吹き荒れ、非常に寒冷な気温となり、風が僅かな時間で大きく変わり、日本では体験できないような現象が起きるから、観測は面白い。






管理人より


 南極の観測部門は基本観測と研究観測に分けられます。研究観測というのは基本的に研究者が属して各々の研究を行いますが、基本観測は定常観測やモニタリング観測といった、過去から継続して行われている観測を連続して行います。定常観測を受け持つのが気象庁職員で、越冬隊として5人来ています。今回紹介するのはそのうちのひとりです。

 気象庁の定常観測は単に観測してデータを取得するだけではなく、毎日の予報業務も受け持っており、毎日夕食後のミーティングでは、翌々日までのおおむねの天気や風速などを告知します。天気は言わずもがな重要な要素ですが、なんでもない日に秒速10メートルを、低気圧の接近に伴って秒速20メートルを、時には秒速30メートルを超える南極では、風速の予報は非常に重要で、外出禁止令や注意令も、気象の通報に基づいて行われます。

 今回は珍しいくらいまともな感想をもらいましたが、「地球化学科だったが入庁試験は物理だった」「そんなどうでもいいことは書かないでくれ」「南極では素晴らしい研究者の方々と出会えて光栄」「いやほんとほんと」などというコメントも並列していただきましたのであまり信用しないでください。理髪係なので二度髪を切ってもらいましたが、わたしは信用していません。

 ちなみに彼は先日、つまり南極に来ている間に第三子が産まれました。おめでとうございます。酷いブリザードの日だったため、仮称「ブリ男」という名前が勝手に他の隊員によって名付けられましたが、仮名が通らなくて何よりです。

2018年6月15日金曜日

隊員/重点研究宙空圏越冬隊員の場合


 この[隊員]ページ第59次南極地域観測隊の隊員のうち一部に個人的にインタビューをし、纏めたものです。個人の詳細については深く立ち入らず、内容は、

  • 南極での仕事 :何をするために南極に来たか
  • 南極に来た経緯:どうすれば南極に来られるか

に集約されています。


南極での仕事


 ライダー(レーザーレーダー。光を射出して大気の鉛直状態を観測する装置)の保守点検と観測。昭和基地に設置されているライダーのレーザーは気水圏のそれと比べると出力が大きく、世界で5、6台しか存在しない。出力が大きく、波長をチューニングが難しいため、マニュアルで調整しなければならない。

 また、ソフトクリーム係長としてソフトクリームの管理。

南極に来た経緯


 もともと宙空圏のライダーに関連したプロジェクトで雇われており、その流れで南極に来ることになった。明確にどの時点で決まったということはなく、完全に流れ。ライダー関係で人を出したいということになっていたため、いつのまにか決定されていた。実質、社内公募みたいなもの。

南極の感想


 変わり映えしない。






管理人より


 観測系編です。南極といえばオーロラとペンギンという印象を持っている方がほとんどだと思いますが、オーロラは宙空の領域です。

 宙空の主たる重点研究課題はPANSY(昭和基地大型フェイズドアレイレーダー)なのですが、PANSYの保守観測は三菱から選出される隊員が行うため、極地研からの研究観測隊員は保守観測を行いません。

 この方が使うライダーという観測装置は、単純にいえばレーザーを射出し、空中の大気や微粒子にぶつかって戻ってくる反射光(正確にいえば、後方散乱光)を観測することで上層大気の鉛直分布を観測する装置です。レーザーレーダーという名前からわかるとおり、基本的な概念はレーダーと同じで、大きな違いは使用する波長です。レーダーはいわゆる電波と呼ばれる長い波長を使いますが、ライダーは目に見える光に近い短い波長を使います。

 この方とは砕氷船しらせで同室だったので、道中に今回の記事の元となるインタビューを行いました。しらせでは近くにクジラやペンギンの群れやが見えると『十時の方向にペンギンの群れ。泳法はバタフライ』などといったアナウンスがあるのですが、その度に「観測に行かないと」と言って部屋を飛び出し、海氷が近づくと「ワッチ(船上での当直当番のような意味)だ」と飛び出して行ったのは記憶に新しいです。


2018年6月8日金曜日

観測隊/冬の過ごし方


 5月、6月と月末に個人的な(つまり研究関連でも観測隊関連でもない)締め切りが続いた結果、ここのところブログ執筆をさぼってしまっていました。越冬後半になると内陸旅行もあるので合計4ヶ月くらい不在になるし、なんか不安になってきたぞ。

 ともかく、わりと手が空いたので久しぶりにブログを書きつつ、ゲームもできなかったしそっちの情報を(ブログより優先的に)漁っていると『Bloodstained』(*1)が発売されたという情報が飛び込んで来る。
*1) 『悪魔城ドラキュラ』シリーズ(*2)で知られるIGAがKickstaterで資金を募り、目標50万ドルのところ500万ドルを超えてゴールを果たした2Dアクション。
*2) メトロイドヴァニアというジャンルの命名元となった双璧のうちの一柱(英語版のタイトルが『キャッスルヴァニア』のため)。もう片方はそのものをプレイしたことがなくても『大乱闘スマッシュブラザーズ』で知名度があると思われるサムスが主人公の『メトロイド』。

『Bloodstained』はかなり期待のタイトルだったので、もう発売してたのかとウキウキで見てみたら、本編の『Ritual of the Night』ではなく、450万ドル突破のストレッチゴール達成による前日譚『Curse of the Moon』でした。へっ、いまさらレトロ2Dアクションなんて……でも買ってしまう。普通に面白いじゃねぇか。これは本編も期待できる。

『悪魔城ドラキュラ』は(たぶん)自分が最初にプレイしたビデオゲームなので思い出深い……というほど記憶がハッキリしていないのだけれどなんとなく印象に残っています。友だちのお父さんが医者で家にパソコンがあって、それでやらせてもらった。まぁ初代はIGA監修じゃないのだけれど。あと2Dアクションで記憶に残り具合だと『魂斗羅スピリッツ』(*3)のほうが深いのだけれども。
*3) また宇宙人が攻めてきた! だが魂斗羅(熱い斗魂とゲリラ戦術の素質を先天的に合わせ持つ、最強の闘士)たちがまたやってくれたぜ! な頭悪い系アクション。個人的なSFC最高傑作。ヘリのミサイルに掴まって空中戦やるステージが好き。

 久しぶりなので飛ばしました。ついてこれるか。

 さて、現在6月は日本のある北半球では夏ですが、南極のある南半球では季節が逆なので冬となります。真夏には零下そこそこだった気温はマイナス三十度にまで達するようになり、風が吹けば骨身まで染み入る寒さを感じます。


 が、それ以上に日常生活に大きく関わるのが日照時間(*4)の低下——というより太陽が地平線の上に顔を出さなくなる極夜です。
*4) ちなみに気象的には、日照計が120W/m2以上を測定している時間。120W/m2がどれくらいかというと、お昼の晴れた日がだいたい1000W/m2くらいなので、いちばん明るいときの1/10くらいの明るさまでは「日照があるよ」と定義しているということになる。

 極夜になっても、基本的な生活サイクルはほとんど変わりません。越冬隊の基本的な平日のタイムテーブルは、

  • 0800 (夏は0700) 朝食
  • 0900 (夏は0800) 午前業務開始
  • 1200 昼食
  • 1300 午後業務開始
  • 1700 午後業務終了
  • 1800 夕食

となっていますが、太陽が昇らなくてもこのスケジュールは大きく変わらず、ちゃんと仕事をしています。えらいっ。


 もちろんのこと、薄暗いゆえに外作業は難しくなりますが、太陽は昇らないといっても完全に消えてしまったわけではありません。地平線の下にあったとしても、相対的に高めの高度であればある程度明るくなります。

 たとえば太陽高度が-4度(太陽の中心が地平線の下の見上げ角度-4度)のときの様子がこんな具合。


 もちろんカメラの露出とかを弄っているため、肉眼そのままの画像ではないのですが、空の明るさは太陽の光の散乱(跳ね返り)によって生じるものであるため、太陽そのものが地平線の上になくてもある程度明るさは感じ取ることができます。

 といっても、それも太陽が地平線に近い間のこと。南中時刻から徐々に太陽が深くなっていくにつれて暗さも増していき、6月の一週目週末の現在となると15時くらいにはもう真っ暗闇。

 日本であれば、街灯や建物から漏れる光で月がなくとも明るいものですが、昭和基地では太陽が沈んである程度暗くなると、宙空圏(宇宙・天文関係)のオーロラ等の観測が始まります。この時間帯は基地から漏れるわずかな光でも観測の邪魔になってしまうため、基地内のカーテンをすべて引き、街灯も消して夜よりほかに聴くものもなし。


 そういうわけで暗くなると、基地内の活動が多くなります。

 さらに時間が経ていくと太陽高度が最も低くなり、さらに暗さは増し、闇夜の時間は増え、人間活動に大きな影響を及ぼすようになります。具体的には眠れなくなったり、精神的に陰鬱になったりしてきます。


 そういった暗い気分を破ろうという理由から——かどうかはわかりませんが、極夜の最夜期(今年は6月21〜24日)にはミッドウィンターフェスティバル(MWF)というお祭りが開かれます。

 これは日本の観測隊特有の祭りというよりは、規模の大小あれ南極のどの国でも基地ごとにやっている祭りで、MWFの期間にはグリーティングカードを各国の基地間で交換しあったりします。

 さて、日本の場合だとMWFの期間に何をするかというと、今回はたとえば、蕎麦打ち、餅つき、屋台、肝試し、ミスコン、宝探し、演芸大会、ミニ四駆、麻雀大会、カラオケ対決、Youtuberバトル、笑ってはいけない昭和基地などを行います。

 ちなみに基地には各隊次で発行された新聞が残されており、最も古いものだと五十年近く前の13次隊の新聞が残されているのですが、その記事によれば当時のMWFのスケジュールは以下のようなものだったようです。



 たいして変わってねぇな人間。

 まぁ飲んで遊んでという具合だと思ってください。おっさんの饗宴です。ポロリもあるよ。たぶん。


 余談ですが、今回の話はMWFが終わった六月末にでも書こうと思ったのですが、

  • ・なんかすぐ書きたい話題がない
  • ・ミッドウィンター中に撮った写真とか公序良俗に反しそう

という理由につき、MWFが始まる前に書いてしまうことにしました。

2018年5月21日月曜日

その他/ドラゴンと蜃気楼


 2018年5月9日の昭和基地Now!!原稿を担当したのですが「一般的に難しい」(*1)と言われて、大幅に内容を削除修正&タイトルを変更されました(変更の了承確認は受けています)。だいぶ会心のタイトルだったのですが。
*1) なぜかジョークまで削除された。一般的に難しいジョークだったか。

蜃気楼|国立極地研究所 南極観測のホームページ│昭和基地NOW!!
http://www.nipr.ac.jp/jare/now/

 ハゲの人が使うシャンプーみたいな記事になったのが腹立だしいので、こちらに元原稿を残しておきます。掲載版と比較してみてください。



ドラゴンと蜃気楼


 5月9日は59次隊の日ということで、今次隊で完成した基本観測棟屋上で写真撮影を行いました。前次隊の58次隊は5月8日に撮影していたため、次なる60次隊は6月0日に記念撮影をするだろうと予想されています。

5月9日を記念しての59次集合写真。

 写真撮影をした際に、北西の海氷上に蜃気楼が現れていました。上下の鏡合わせのように浮かび上がっているように見える海氷がそれです。

集合写真時に北西の方向に生じていた蜃気楼。

 蜃気楼の「蜃」というのは車螯という蛤のような見た目の大きな貝、または蛟という龍を意味します。古代中国では、遠くに本来見えないはずの楼(高い建物)が見えた際に、これら蜃という化け物が吐いた気によって見せられた幻であると考えたわけです。

 実際のところ、蜃気楼は幻ではなく、光が捻じ曲げられた結果として生じる光学現象です。

 光の速度は秒速およそ30万キロメートルですが、正確には媒質(空気や水など)の種類やその温度、気圧によって変化し、たとえば大気の温度が高ければ高いほど、光の速度は速くなります。そして速さが異なる境界では、光は屈折してその進行方向を変化させます。

 光が屈折でねじ曲がっても、人間は経験から「光は直進するものである」と認識し、本来光が進んできた方向ではなく、ねじ曲がった光が直進してきたと仮定した方向に物体があると解釈します。

 蜃気楼は、この結果として生じる現象です。 

 そのため蜃気楼があるということは、光が強く屈折するだけの温度の違いが存在している、ということになります。大気の鉛直構造を測定することができれば、蜃気楼をもたらした光がどのような経路を通って、この幻想的な風景を作り出したかを計算することが可能です。

 逆にいえば、蜃気楼とそうでない状態の風景を比較することで屈折の経路が理解できれば、大気の鉛直構造を推定することもできます。ただし、このように結果を見て、原因となる状態を求めるのは「逆問題」といわれる複雑な問題です。通常の原因から結果を推測する順問題がドラゴンを見て足跡の形を推測しようとするのに対し、逆問題は足跡を見てドラゴンを推測する行為として例えられます。

Bohren, C. F., & Huffman, D. R. (2008). Absorption and scattering of light by small particles. John Wiley & Sons. より図1.5。ドラゴンからその足跡を推定する正問題(a)と、足跡からドラゴンを推定しなければならない逆問題(b)。

 逆問題を解くためには、それまでに集めてきたさまざまな情報を駆使したり、いろいろな計算を試してみたりすることになります。

 南極の空は世界一清浄で美しいといわれています。

太陽高度-4度での薄明の空の観測。

 その空を眺めるだけではなく、その空を作り出しているものに焦点を当てれば、空はただ静謐なだけのものではなくなります。

 といってもそれも太陽の光が昇っている間だけのこと。南半球の5月はもはや冬。太陽の昇らぬ極夜も指折り数える段階へとなっているのでした。

2018年5月7日月曜日

南極/漁協と釣りと生態調査

 ノートパソコンのディスプレイが壊れました。

 壊れたといっても、右側1/4が映らなくなってしまっただけで、残りの3/4は無事なのですが、もともと使えた領域が使えなくなるとなるとなんと不便に感じるものよ。Macなので、Air Dropやアップデートの通知はギリギリ見えるものの、ブラインド選択になります。心の目が試される。

 原因はイヤホンの端子をディスプレイとキーボードの間に挟んだまま、ディスプレイを閉めようとしてしまったことです。ヒビが痛々しい。日本に戻るまでまだ10ヶ月ほどあるのに。

 こうなると、他の機械も壊れないとは限りません。ディスプレイは外付けディスプレイをつなぐことでなんとかなりますが、ハードディスクが壊れたりすると手もつけられないわけで、たまにはバックアップでもとるか、という気分に。

 マシンがお釈迦になったのなら、このウェブログの更新も難しくなるでしょう。であればいまのうちに書きたいことを書くべきで、『名探偵コナン』の黒の組織のボスの正体はウォッカだと思っています。ジンがピンチになったら急にでかくなって「きみには期待していたのだが、がっかりだよ、ジン」とか言うの。あの、こう、RED(*1)のウォーターズみたいな。ちなみに『名探偵コナン』は京極さんが出たあたりくらいまでしか読んでいません。
*1) 村枝賢一の漫画『Red -living on the Dead-』。南北戦争後のアメリカで一族を殺されたインディアン・レッド、西南戦争の生き残り伊藤伊衛郎(イエロー)、インディアンに興味を持つ娼婦アンジーが西部を放浪する。

 さて、心残りをなくしたところで、今回は先日行った生態調査(釣り)に関連した内容を書こうと思います。

 といっても概要は簡単。海氷が十分に厚くなっているところへ赴き、アイスドリルで穴を空け、そこに餌をつけた針を垂らすだけです。


 ドリルで海氷上に穴を空けるとき、大量に氷の削りカスが出ます。これは削りカスの山で穴の位置を視認しやすくするために、穴の近くに寄せておくのが望ましいです。


 運が良ければ、針を落としてすぐにかかります。

 使っている餌は、フリーマントルで釣った魚や購入した烏賊、オキアミ、蛸などです。赤いのは着色しているためで、赤いほうが魚が寄って来やすいといわれており、紅生姜でも釣れるそうです。また、醤油や出汁のような匂いがする香料を付ける人もいました(*2)。
*2) ちなみにこのように色をつけたり匂いをつけたりするのは、南極特有ではない。魚は意外と鼻が良い。


 前回の生態調査(釣り)では、午前午後合わせて全体の釣果が20匹超、自分の釣果は3匹でした。釣れたのはショウワギスという、ハゼに似た魚が主です。




 さて、生態調査(釣り)ですが、なぜこう、あの、ほら、釣りっていうか、その、アレだ、生態調査ということになっているかということについて説明します。

 まず、南極環境において、魚類は比較的蔑ろにされている部類です。

 基本的に南極地域で保護されているのはペンギンやアザラシで、たとえば名前でわかりやすい『南極のあざらしの保存に関する条約』(1980年に効力発生)では、

第一条 適用範囲
(2) この条約は次の種類について適用することができる。
・みなみぞうあざらし(ミロウンガ・レオニナ)
・ひょうあざらし(ヒュドルルガ・レプトニュクス)
・ウェッデルあざらし(レプトニュコテス・ウェデルリ)
・かにくいあざらし(ロボドン・カルキノファグス)
・ロスあざらし(オントフォカ・ロスィ)
・みなみおっとせい属(アルクトケファルス属)に属する種類

に関して、条約適用範囲である南緯60度以南の海域での捕獲・殺傷を禁じています。ただし例外があり、

第4条 特別許可
(1) この条約の規定にかかわらず、いずれの締約国も、次のことを目的として、限られた数量のあざらしをこの条約の目的及び原則に従って殺し又は捕獲するための許可証を発給することができる。
 (a) 人又は犬に不可欠な食料を供給すること。
 (b) 科学的に調査に供すること。
 (c) 標本を博物館、教育施設又は文化施設に提供すること。

 食っていいんかい。

「不可欠な食料」という意味がいまいち読み取れないのですが、ようは毛皮・脂といった商業的な目的でなければ仕方がない、といった見方なのでしょう。あるいは食料欠乏の場合に捕獲できるように、ということかもしれません。なんにしても、あくまで「許可証を発給することができる」なので、食べるためだから捕獲して良い、というわけではないようです。

 ともかくとして、この条約で守られているのはアザラシなどの海洋哺乳類だけです。

『南極の海洋生物資源の保存に関する条約』(1982年効力発生)では、

第一条
2 南極の海洋生物資源とは、ひれを有する魚類、軟体動物、甲殻類その他の南極収束線以南に存在するすべての種類の生物(魚類を含む。)である資源をいう。

ということで、魚類も保存の対象にはなってはいますが、あくまで「資源」としてで、保護の対象というわけではないようです。

 そういうわけで、釣り——すなわち魚類の捕獲は、法的には縛られてはいません。

 しかしながら、法的に許可されていれば好き放題にして良いわけではないわけで、日本では『娯楽としての魚類等海棲生物の捕獲に付いてのガイドライン』を制定しています。このガイドライン曰く、

◇生物種・魚種による規制はないが、生き物であることを念頭に、娯楽として常識的な範囲での捕獲に止めること。

ということになっており、捕獲結果として、捕獲日時や種類、捕獲場所、体長、重量などを記録しておくことが定められています。南極観測隊ではそれを守っているというわけです。健全ゥ。

 生態調査らしく、大きな魚類の場合は胃袋の中を開いて餌を調査するということもやることになっています。今回釣れた中だと、胃袋の中を開くほどの大きなサイズではなかったのですが、釣れたときに食べていたらしいゴカイのような虫が出てきて、ショウワギスの主たる餌がわかります。

 現在までのところ、釣れているのはほとんどがショウワギスですが、釣りを主導している漁協係はライギョダマシという大型魚を釣ることを目標とし、日夜邁進しています。


 ライギョダマシは通常の竿と糸で釣るには大きすぎる魚なので、通常の竿と仕掛けでは釣ることができません。大型の設置式器具を用い、大きな針に魚を餌として取り付けて放置し、かかるのを待ちます。

 この記事を書いている2018年5月7日、漁協はライギョダマシ用の仕掛けを設置しました。
 これまでライギョダマシは、2年に1度程度のペースで釣れているようですが、果たして今次隊は釣り上げることができるのか。続報をお待ちください。

 なお、これまでに釣れた魚はスタッフで美味しくいただきました。



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Maira Gall