2018年3月12日月曜日

隊員/気水圏夏隊同行者の場合


 この[隊員]ページ第59次南極地域観測隊の隊員のうち一部に個人的にインタビューをし、纏めたものです。個人の詳細については深く立ち入らず、内容は、

  • 南極での仕事 :何をするために南極に来たか
  • 南極に来た経緯:どうすれば南極に来られるか

に集約されています。


南極での仕事


テーマ『全球生物科学的環境における東南極エアロゾルの変動』に関連した、砕氷船しらせ船上でのエアロゾル観測機器の保守点検および観測。
また、自分の観測としてガイガーカウンターの放射線観測、太陽アナレンマ(同じ時刻の太陽の位置を追っかけていくと位置が徐々に変わる現象)の観測、空の色の観測。


南極に来た経緯


学部のときの指導教官が前次隊の夏隊で参加しており、そのつてでテーマ『全球生物科学的環境における東南極エアロゾルの変動』の担当者から、2016年12月に今次隊の参加者を探している旨のメールがあり、二つ返事で引き受けて参加することになった。

南極の感想


一言では言えない。
昭和は想像以上に監獄だ。





管理人より


 二人目。大学院生です。若いねー、とか言いだしたらおっさんなので気をつけてください。でも若いとほんとに元気だよな。うむ。カメラが好きなようで、なんか高そうなカメラ&レンズを持っており、観測用にカメラを持ってきたカメラ初心者の自分はいろいろと教えを請いました(でももう忘れた)。

 前回の→気水圏夏隊同行者の場合と同様、彼とも一緒に野外に出かけました。ちなみにこの記事はそのときにインタビューした内容が元だったりします。

 来た経緯については非常にわかりやすい部類で、大学のときの指導教官が南極観測の関係者だったのでしぜんと観測隊に繋がったパターンです。大学生・大学院生で南極に行く場合はほぼこのパターンなのではないでしょうか。ただし大学→大学院のときに学び舎を変え(理系ではよくある)ていて、現在の指導教官ではなく前の教官、というのはちょっと変化球かもしれません。

 ちなみに感想の「想像以上に監獄だ」ですが、えっと、二夏の狭さについて言及しているのか、トイレすら過酷な二夏のことを言っているのか、はたまた二夏のことなのか、いったいどれのことなのでしょう。

2018年3月10日土曜日

観測隊/夏の過ごし方


 日本に戻るまでに続刊や新作が発売・再開されないだろうと予想したものとして、

  • Mount&Blade 2(*1)
  • Hunter x Hunter(*2)
  • 氷と炎の歌(*3)

があったのですが、Hunter x Hunterは早くも連載再開して続刊が出ていました。予想を外したぜ。Mount&Blade2も予定通りなら発売されるらしいし、これは氷と炎の歌にも期待せねば。頼むぞ、マーティン。
*1) 盗賊に出会ったら「金ならないが鉄ならあるぞ」と言って斧を振り回せば良いと教えてくれるRPG。スタジオが小規模。
*2) どん兵衛を送ると描くらしい。
*3) 海外ドラマ『Game of Thrones』の原作。最新刊は2011年の『A Dance with Dragons』で和訳『竜との舞踏』発売はその2年後。ちなみに前刊『A Feats for Crows(乱鴉の饗宴)』からは6年ほど間が開いているが、今回は『舞踏』からすでに6年以上開いてしまった。


 さて、例によってまったく関係のない話題で入ったようでいてまぁ関係ないのですが、『氷と炎の歌』の主人公らスターク家の標語といえば「冬来たる」ですが、昭和基地ももう冬です。夏隊はすでに帰路につき、最近は装輪車(キャタピラではない、普通のタイヤをつけた車。昭和基地ではトラック)も片付けられてしまったわけですが、今回は今更ながらに昭和基地の夏生活のタイムスケジュールを書いていこうかと思います。


 まず、夏期間の隊員のタイムスケジュールは以下のようになっています。


  • 朝食 0700-0745
  • 朝礼 0745-0800
  • 午前作業 0800-1145
  • 昼食 1200-1300
  • チーフ打ち合わせ 1240
  • 午後作業 1300-1830
  • 夕食 1845-1930
  • 全体ミーティング 1930
  • 入力 2000-2200


1) 朝食 0700-0745

特に何の解説も必要なさそうなところですが、落とし穴が。0700-0745という時間表記になってはいますが、実際はほとんどの人が7時頃から朝食を食べ始めます。7時45分には朝礼が始まってしまうことや、朝食の後片付けの手間があることなどを考えると、時間ギリギリに朝食を摂るのは得策ではありません。三食とも一夏の一階食堂で摂ることができます。

 朝食に限らずですが、夏期間の食事は砕氷船「しらせ」の海上自衛隊員が調理をします。この調理ですが、大部分の材料はどうやら野外に出るチームの糧食と同じ材料を使っているらしく、「どっかで見たことあるな」というものから、「なるほどこうやって料理するのか」というものも出て来ます。


2) 朝礼 0745-0800

朝礼ではやることは、

  • ラジオ体操
  • 本日作業内容確認

です。

 朝礼でのラジオ体操は建設現場では比較的一般的らしいです。朝礼は設営の建設担当隊員が中心となって行われ、体操のあとの作業内容確認では、大まかな作業内容や注意点、作業人数などを全体の前で報告します。ここではほかに、当直がその日の夕食を発表したりもします。


3) 午前作業 0800-1145

ここから本格的に作業が始まるわけですが、夏期間の作業というと大きくわけて2種類に分けられると思います。すなわち、研究か設営かです。


 →観測隊/観測構成の記事でも見た通り、隊長・副隊長および同行者を除いた隊員は、観測部門と設営部門に分けられています。

 観測部門というのは研究者のほか、気象庁の職員やモニタリング隊員(常設されている観測装置を扱う隊員)が含まれる部門です。
 一方で設営部門というのは、機械や建設土木、電気などといった観測基地を保つための作業を行う隊員が所属する部門です。医療や調理担当も、この設営に含まれます。


 設営分野はその担当者が複数いるのと同様に多岐にわたりますが、夏期間の設営の主役といえば建設作業で、それに関わる隊員やしらせからの支援の海上自衛隊員もいます。しかしながら忘れてはいけないのは、設営作業の主役は設営担当ですが、設営隊員のみが行うわけではないという点です。


 もちろん、南極での主たる活動は研究観測です。資源はなく、というよりもあっても条約で縛られていて採取できず、ただ寒く、薄暗く、見捨てられたような極寒の大地を好き好んで訪れる理由といえば、研究のための観測以外にないのです。もはや冒険家の時代は終わり、ただ南極に立っているだけでは誰も誉めそやしはしないのだから当然です。

 しかしながら、あらゆることどもよりも観測活動・研究活動が優先させるかというと、それはまた別問題。なぜならば、日本の南極観測隊が最優先としているのは「越冬成立」だからです。研究の前には生きていかなければなりません。研究の前に生きなくてはいけないし、観測の前にそのための場所を確保しなければならないのです。


 そういうわけで、設営作業には手の空いている研究隊員も参加します。この場合の「手の空いている」というのは「ただちに行わなければならない作業がない」という意味になります。

 わたしは一般観測研究の隊員で、夏の期間は野外(主に→南極/S17)に出ていた時期が長かったのですが、昭和基地にいた時期は設営作業に参加し、生コンクリートを引き摺り下ろしたり、バケツのバケモノみたいなものをブラシで擦ったり、鉄筋を、こう、なんだ、このクルクルっていうやつで、こう、アレしたりだとか、そういうことをしました。ちなみに設営作業に参加するとシールが貰えます。


 なお午前は10時ごろ、午後は15時ごろに「中間食」と呼ばれる時間があります。菓子パンや缶コーヒーなどが配られる、ようはおやつタイムです。寒冷の気温や重い作業の中において、甘味で安らぐのは重要です。


4) 昼食 1200-1300

お昼です。昼食と同様、早めに食べてしまいます。


5) チーフ打ち合わせ 1240

夏期間は毎日、基本的にふたつのミーティングがあります。そのうちのひとつがお昼に行われるこのチーフ打ち合わせです。名前からは各チームの首脳陣が集まるような仰々しい会合に見えますが、実際は食堂の椅子か床に座って行われるこじんまりとした打ち合わせです。

 内容としては当日の打ち合わせではなく、翌日の作業内容の確認となっており、この中で人員や車両の調整が行われます。


6) 午後作業 1300-1830

午前作業と同様です。中間食は15時ごろにあります。


7) 夕食 1845-1930

夕餉は朝食や昼食に比べると時間通りに食べるパターンが多いです。これは午後作業が思いの外、長引くパターンがあるせいかもしれません。

 ちなみに夕食後にビールが配布されたりもしますが、夏作業の間は夕餉の間に酒を飲むことはできません。


8) 全体ミーティング 1930

毎日行われるミーティングのうちの二つ目です。昼のミーティング(チーフ打ち合わせ)はすべてのチームがそれぞれ報告する形でしたが、こちらの全体ミーティングでは何か用件がある隊員/チームのみが発言します。


9) 入浴 2000-2200

入浴可能な時間はさほど長くはなく、この2時間のみです。洗い場は4つありますが、4人が入れるほどの広い浴槽ではありません。そのため、入浴時間帯には風呂場の前の洗面所付近で空くのを待ってたむろしている隊員の姿が見られることが多いです。


 以上が夏の昭和基地での日程となります。夏の過ごし方としては以上です。

2018年3月1日木曜日

隊員/気水圏一般観測研究夏隊員の場合


 この[隊員]ページ第59次南極地域観測隊の隊員のうち一部に個人的にインタビューをし、纏めたものです。個人の詳細については深く立ち入らず、内容は

  • 南極での仕事 :何をするために南極に来たか
  • 南極に来た経緯:どうすれば南極に来られるか

に集約されています。



南極での立場

一般観測研究(気水圏)の夏隊員。

南極での仕事

テーマ『全球生物科学的環境における東南極エアロゾルの変動』に関連した、砕氷船しらせ船上でのエアロゾル観測機器の保守点検および観測。
自分の観測としてエアロゾルインパクターを用いたエアロゾルの粒径ごとの存在の観測。


南極に来た経緯

2017年3月にテーマ『全球生物科学的環境における東南極エアロゾルの変動』の担当者から公募があり、闇会員となっているエアロゾル学会からのメールで公募の存在を知った。公募には期間や業務内容などが詳しく書いてあった。
実際に応募してみると、他に応募者がいなかったせいか、面接・試験等は特になく、すぐに採用されたものの、南極に行っている間の仕事を休むための手続きで5月までかかった。


南極の感想

予想以上に天候や気象条件が厳しく、想像していたよりも天候に左右される部分が多かった。
それと、こんなに料理をすることになるとは思わなかった。





管理人から


 一人目。(今回の観測隊の中では)平均ちょい若めくらいの年齢の方です。夏隊員なので現在はしらせ乗船中で帰還中。ちなみにこの記事を載せていいかと許可を取りにメールを書いたら、律儀にしらせ船内の状況も報告してくれて面白かったです。「表面上はとても平和です。僕が知る限りはですが」とか。

 大学はエアロゾル関係(南極で行った観測内容)を学んでいたそうですが、現在はそれとまったく関係ないお仕事をやっています(*1)。それなのに観測隊に参加することになったのは、学会の「闇会員」だったからか。いちばん大変だったのは観測隊への参加ではなく、いかにして仕事を休むかだったようです。
*1) ちなみにエアロゾルというのは大気中の微粒子のことで、いろんな種類のものがそこらへんに浮いているのだけれど、日本で特に話題になるのは黄砂。

 S17に一緒に観測に出かける機会が多かったのですが、ご飯当番に指名されてしまったがために毎日メニューを考え、ご飯を作ってくれました。家ではほぼ料理はしないそうです。

 南極に来た理由に「奥さんから逃げてきた」と冗談めかして言っていましたが、えー、なんだ、これで終わりです。



2018年2月25日日曜日

観測隊/昭和基地


 音泉で行われている『宇宙よりも遠い場所』通称『よりもい』のウェブラジオで本ブログが紹介されたそうです。おい大丈夫か大丈夫か。

→ラジオ 宇宙よりも遠い場所~南極よりも寒い番組~
 (http://www.onsen.ag/yorimoi)

 聞いてみたらすごいまともなブログみたいに宣伝されてた。Wow……。
 最初に「南極でバレンタインとかあるのかな? ( >д<)<ヘップバーン」という話がありましたが、こんな具合でした。


 ちなみに今回の越冬隊の女性はひとりのみで、スイスからの交換科学者に「コテコテ」という日本語を教えた方です(夏隊を含めると女性隊員はもっといますが)。

 さて、『宇宙よりも遠い場所』でふと思い出したのですが、小学生のときからの友人(*1)から例年のごとく忘年会(というか一緒にご飯食べて飲むだけ)の連絡が来ていたので、新年明けてから連絡を返しました(ザ・遅い)。い、いや、いちおうネットが使えるようになったのがその頃ようやくなので、連絡が間に合わなかったというかなんというか。
*1) 友だちいたのか。

 ともかくとしてそのときのやりとり。


《相手》  |  《管理人》

30日の夜暇?(*2)
*2) 12/20の連絡。
すまん、今南極(*3)
*3) 01/03の返答。こういう人間相手に友人関係を続けているから相手がすごい。
まじか
まじ
ペンギンとかそのへんに落ちてる
14ヶ月後くらいに帰るぜ
すげーな
来年もいないじゃん
おうよ
そういうわけで年末返事できなくてすまん
来年もいないぜ
■■がいない間に、子供産まれるわ(笑)来月予定。
網走で流氷は食ったから、違うお土産頼むわ!
まじか
うむ





 いや、この年齢(*4)になると結婚したとか子どもが生まれたとか逮捕されたとか珍しくないのですが、こうカウンターパンチ的に来たからね? もう研究とかどうでもいいね?
『宇宙よりも遠い場所』、通称よりもいの放送が始まったそうですが、宇宙よりは遠くても結婚よりは近いよな、南極(*5)。
*4) ギリ二十代。
*5) ブログタイトル変えることがあれば『結婚よりも近い場所』になると思う。

 例によって導入で薪割りダイナミックしましたが、今回は昭和基地に関するお話です。


昭和基地の歴史


 まずは歴史から。昭和基地はおよそ60年前の初代南極地域観測隊によって設立された基地です。
 日本南極地域観測隊について、詳しくは

→観測隊/日本南極地域観測隊の歴史
(http://jare59.blogspot.com/2017/12/blog-post_11.html)

をご覧ください。

 該当記事にもあるとおり、1956年11月8日に晴海埠頭を出港した53人の初代南極観測隊を乗せた宗谷は1957年1月20日に定着氷縁に接岸。
 同月29日にはここから東へ進み、東オングル島に上陸。このときにこの地点が「昭和基地」と命名されました。
 当時の技術の結集であるプレハブ住宅の資材が持ち込まれ、2月には無線棟・居住棟・発電棟などの4棟が完成。初の南極観測隊にも関わらず、越冬観測を開始することができるようになりました。


昭和基地の位置


 昭和基地は南緯69度00分、東経39度35分の位置に存在します。ここはリュッツォホルム湾と呼ばれる湾の中のオングル諸島にある東オングル島という島内です。
 この領域はタイムゾーンがUTC+03(世界標準時より3時間早い)で、UTC+09(同様に9時間早い)の日本からすると、6時間だけ遅れていることになります。たとえば日本が12時のとき、昭和基地はまだ6時です。

 下に南極大陸と昭和基地付近の地図を示します。


 上の地図だと昭和基地が海の上に浮いているように見えますが、えーなんだこれは、地図解像度のせいか。pythonのmatplotlibで描いているのですが、pythonでBasemapのfullより解像度高い地図があったら教えてください。

 描画するのは厳しいので手近にあった地図を載せるとこんな具合となります。


 広く領域をとった地図なので詳細がわかりにくいですが、基本的に隊員が生活している場所はAエリア(黒枠で囲われた場所)の北側半分となっており、居住施設として後述する一夏、二夏、管理棟などはすべて北側半分の中にあります。


昭和基地の様子


 自分の場合、昭和基地を見て最初に抱いた感想は「基地だ」でした。基地です。そう、基地なのです。


 露出した岩、そびえ立つアンテナ、走り回るトラック、建設途中の構造物——夏の時期なれば、雪は沢や海に視線を向けなければ見ることはできません。


 南極を体験したことのない者が想像し得ない昭和基地というこの場所は、少なくとも夏の間は雪と氷に包まれた静謐な空間ではないのです。力と技の風車が回る、砂と岩と鉄筋と生コンの空間なのです。


 こんな砂埃で咳き込む昭和基地ですが、標高は約29mで海面は近く、夏はしばしばペンギンの姿を基地近くで見かけることができます。


主要な建物


 最初は4棟しか存在していなかった昭和基地の建物ですが、隊次を重ねるごとに建設が進み、現在では68もの建物が存在しています。そのうち、主として居住空間となる場所と、今回の59次隊夏作業で外観が完成した基本観測棟についてここで紹介します。



第一夏期隊員宿舎



 一夏と略されることが多い建物ですが、「レークサイドホテル」という愛称も持ちます。

 1979-1980年(20-21次)で建てられ、のちに2000年(41次)で増築された建物ですが、未だ現役。

 高床二階建てで、48のベッド(一部屋4ベッド)を持ち、60名が入れる食堂の機能があります。また、風呂や水洗便所も備えており、夏隊の主要生活空間となります。


第二夏期隊員宿舎



 二夏と略されますが、こちらも「ヘリポートホテル」という愛称も持ちます。

 1990年(40次)で完成、翌1991年(41次)で増築されました。高床の建物で、40のベッド(一部屋2ベッド)を持っているほか、伝説によれば2箇所のサロン、および便所があると言い伝えられています。

 まずサロンですが、下記のようなスペース。


 哀愁漂いますね。カイジで出てきそう。
 そして便所は赤丸で囲ったここ。壁にはポリタンクに漏斗を設置したものがあり、ションポリと呼ばれています。これは外というのでは。


 風呂も洗面所も水洗便所も食堂もないため、それらが使いたければ前述の一夏に行くことになります。1部屋は2人で使いますが、二段ベッドのほかは畳一畳より小さなスペースがあるだけです。「起きて半畳、寝て一畳」という文句を思い出します。

 ちなみに風が強く地吹雪になって視程が下がると、外出注意令や禁止令が発令されることがあります。禁止令の場合は建物の外に出られなくなるため、このときに腹が減っていた場合はサロンに置かれているいつのものかわからないあっいや……これ3年前に賞味期限切れてる……いやまぁいいか……な食料を食べるか、坐禅を組んで無の境地に至ることで空腹を抑えることができます。



管理棟および第一居住棟、第二居住棟、倉庫棟


 一夏・二夏が夏隊員の生活空間だったのに対し、こちらは越冬隊員の居住空間です。これらは通路棟で連結されています。

 管理棟は1991-1992年(32-33次)に建てられた3階建ての建物で、厨房・食堂・医務室・娯楽室・図書室・通信室・風呂・便所・理髪室・バーなど、生活するのに必要だったり必要なかったりする機能を持ち合わせています。


 第一居住棟、第二居住棟は管理棟と通路で繋がっており、どちらも高床二階で21人が寝泊まりできます。

 居住棟の部屋は一夏・二夏とは違い個室(*6)で棚や机があり、収納スペースもあるため、初めて入ると「こ、これが棚! すごい! 物が入れられる! この机っていう道具はなんて発明だ! 膝の上で物を書かなくても良いんだ!」と感動することができます。
*6)ただし壁は薄い。


 倉庫棟も同じく管理棟に連結された建物で、鉄骨二階建て。冷凍庫と冷蔵庫、設営事務室、倉庫、ジム・喫煙所などがあります。1995-1996(36-37次)に完成しました。




基本観測棟


 2016年(57次)から建築が進められていた建物で、現在最新の建物となります。

 高床の二階建てで、気象・地圏・電離層・生物といった主要な観測が行えるほか、便所もあるというハイスペック施設です。便所!(*7)
*7) 吹きさらしにならない、ポリタンクでもない便所だ! すごいぞ!

 今回(59次)の夏で外側の建設が終了したため、上棟式が行われました。


 神主や巫女が現れて祝詞を詠みあげたり、お神酒を飲んだほか、最後にはお菓子(当たり付き)がばらまかれました。自分は雪上車のキーホルダーと気象庁のシールをゲット。キーホルダーは嬉しいけどシールは要らなあっいやなんでもないです。

2018年2月16日金曜日

南極/S17


 2月になりました。

 もう月も半ばになってなっているというのに何を言っているんだハハハこやつめと思われる方もおられるかもしれませんが、時差というやつです。

 また二、三週間ほど更新が滞っておりましたが、べつに飽きたとか、ゲームやっていたとかそういうわけではなく、いやでもPS vitaがあるからゲームはやっていて、でもゲーミングノート持ってこなかったのでPCゲーはほとんどできないのですよね。
 自分の(日本で)持っているノートはラップトップというには少々重いノートなのですが、たしか『Hitman: Blood Money』(*1)が旧PCが動かなかったときに買ったやつなのでインディーズ程度ならプレイできる程度のスペックはある。ちなみに今の(本土に置いてきた)PCは『Divinity: Dragon Commander』(*2)が動かなかったときに買ったやつ。買った時期がわかりやすい。次は日本に戻ったあと『Mount&Blade2』(*3)のときかなー。でもM&Bはグラボよりメモリが大事だとか噂されていたし、メモリ増設か入れ替えるだけで十分かもしれない。
*1) ハゲバーコード(バーコードハゲではない)の暗殺者が明らかに目立ちすぎる変装をしているのに誰も気づかないことにツッコミを入れる変装ステルスアクション、その最高傑作とも謳われる4作目。スーツケースに爆弾つけて投げるのが好き。
*2) エルフ・ドワーフ・トカゲ・アンデッドから嫁を選ぶ恋愛シミュレーション。ゴブリンの嫁はゲーム開始時前に自爆している。
*3) 管理人がPCゲー5指に挙げるRPGの次作。兵となり、将となり、戦国乱世の大陸を駆け抜ける。絵面がわりと地味なので良さを示すのが難しい。

 越冬中時間があるので、ゲーミングノートを持ってきていれば宙ぶらりんになっていた『Vampire: the Masquerade -Bloodlines-』(*4)でもやれば良かった。
*4) TRPGのVampire: The MasqueradeシリーズをCRPG化したもの。Tremeraの血液魔法Thaumaturgy関係とSeduction型でやっていたが、HDDがクラッシュしたあと環境を戻すのが面倒で手をつけていなかった。周囲の敵を吐血させるPurgeが勢いあって好き。

 例によって、こうやって南極に純粋に関心のある方を全力で切り捨ててからの切り出しですが、えー、何が書きたかったんだっけ、ああ、そうだ、なんで更新していなかったかという話でした。観測のため、基地の外に出ていたためです。

 第59次南極地域観測隊の本隊は11月末にオーストラリアを出港後、12月終わり頃に昭和基地に到着しました。その後、(南半球の)夏期間の観測や設営作業を行い、2月1日付で越冬交代式を行いました。
 未だ完全に「越冬成立」と言える段階ではないのですが、少なくとも南極の短い夏は終わりを迎えてしまっています。
 冬来たる。
 しかしながらその前に、短い短い夏があり、そこでは夏にしかできない観測が行われていたのです。わたしは夏観測として、主にS17という観測地点に行っていたのです。

S17とは

まずS17の位置を確認してみましょう。



 上の図は南極大陸のおおよそ全域を表したもので、昭和基地があるのは黒縁取りの赤丸で示した場所です。この規模だとわかりにくいため、昭和基地周辺を拡大したものがその右の図になります。

 見ての通り、昭和基地(黒縁赤丸)が大陸から僅かに離れた東オングル島という島にあるのに対し、S17(赤丸)は南極の内陸にある観測地点です。グレースケールは(氷床を含む)地表面高度を表しており、ほぼ海面と同じ高さにある昭和基地と違い、S17はいくらか高いところにあるのがわかります。

 昭和基地から東に約20km、標高約600m。基地からヘリコプターでおおよそ10分程度のこの地点は大きく分けて二つの役割を持ちます。


1) 観測地点として
 昭和基地は海上の島に存在しており、その風景は夏場はさほど南極めいていません。全景を見渡してみると、確かに海には海氷が浮き、陸には雪が尾を引いていますが、むしろ目立つのは青銀色の雪や氷ではなく土気色の露岩であり、通行するトラックや建築中の建物、ヘルメットを被って歩く人々も手伝って、基地という名前にむしろ相応しいくらいであるといえます。

 一方でS17はといえば、内陸のそこにあるのは雪と氷ばかりです。



 内陸とはいっても斜面のほんの端ですが、昭和基地とはまったく違う世界が広がっているというのは身体で体感できます。
 S17にはふたつの小屋が存在し、片方が居住棟、もう片方が発電棟となっています。発電棟(および接続された居住棟)からは日本で一般に使われるような100V電源が取れるため、天気さえ許せば日本と同様の観測が行うことが可能です。



2) 航空拠点として
 S17の拠点小屋から東に覗ける位置に、雪面に線が入っているのが見えます。近づいてみると、それは幅50m長さ1kmととても太く、周囲には家紋のように三つの穴の空いた黒い旗が立っているのが見えます。

 これはDROMLAN(DROnning Maud LANd)飛行機のための滑走路です。11月末に出発する本隊よりも一ヶ月先駆けて出発する先遣隊は飛行機で南極入りしますが、彼らが最初に降り立ち、そして2月に帰還するときにはこの滑走路を使うのです。



S17の設備

-発電棟
 風下側にある発電棟はその名の通り発電を担う小屋です。前室には外で使う旗竿などが置かれていますが、そこからさらに入ると中央に大きな発電装置があります。この発電装置は隣の居住棟で人が生活している時期にのみ稼働しています。普通に暮らしている限りでは、燃料は(余裕を見て)約3日程度で給油することになります。

 発電装置は暖かくなるため、造水装置としても用いられます。造水装置というと大袈裟ですが、バケツに綺麗な場所の雪を取り、発電装置の上に置いておくだけです。半日〜1日程度で雪は融け、水を作ることができます。雪だけだと熱が伝わりにくいので、多少水を溜めておいてその上に雪を入れると多少効率が上がります。


 奥には扉が3つあり、いちばん右は倉庫のような扱いですが、残りの2つの個室はトイレとなっています。といっても、電気はあれど水が流れるわけがないので、水洗なわけがなく、汲み取り式でもありません。野外ではペールトイレという腰掛けられる缶のような形状に上蓋が付いたものを利用し、ここにゴミ袋をセットして大便は足します。

 一方で小便は外の風下に旗を立て、そこにします。寒いです。さむい。


 発電棟の上部には気象庁設置の気象計が存在しています。ここには風力発電装置も取り付けてあり、発電小屋の装置が稼働していなくても気象観測測器は稼働し続けることが可能です。このデータはあくまでヘリコプターや飛行機の利用のために用いられることが多く、昭和基地の観測とは違って一般向けにデータは公開されていません。


-居住棟
 風上側にあるのが居住棟です。前室を抜けた先が居住棟のメインスペースとなっており、広さとしてはわたしが引き払ってきたアパートの部屋より広いくらいとなっています。

 入口から見て右手手前のスペースは循環型の暖房装置となっており、零下の外気温の中でも居住棟にいれば普段着で過ごすことが可能です。

 右手奥には台所があります。IHクッキングヒーターが備え付けてあり、電磁調理を行うことができるほか、グリル、トースター付き電子レンジ、冷蔵庫など、一般的な台所よりむしろ高性能な設備が備えられています。

 左手側には長テーブルがふたつくっつけられて置かれており、食事や休憩をすることが可能となっています。また、小屋内に宿泊する場合はこのスペースに布団を敷いて寝ていました。


S17の環境

先に地図で見たように、S17は昭和基地と違って大陸斜面上にあり、近くに熱源である海がないため常時雪と氷に包まれています。斜面上に存在するため、カタバ風と呼ばれる斜面を駆け下りてくる風の影響を受けやすく、日中の一部を除けばほとんどの時間帯で東方向から風を受け続けています。風速は昭和基地よりも秒速で5m程度強く、10-15m/s程度の風は珍しくありません。

 南極は沿岸では陸上や海氷上ではペンギンやアザラシや鳥類が、海面下では魚類やプランクトンなどが見ることができますが、大陸斜面上のS17では夏の期間であっても生物を見る機会はほとんどありません。しかし稀ながら、尾に黒い線の入った白い鳥が飛んでいく姿を見ることができます。


S17の今後

S17は観測拠点として用いることができるのみならず、DROMLANによる飛行機利用のための拠点として用いることができる非常に有用な拠点です。

 長期的な利用を目指し、雪の影響を防ぐために高床式のようになっていたうえにジャッキアップによって床を上げることが可能となっていはずの本拠点ですが、長期間の利用により、高床だった頃の面影はもはやなく、雪に埋もれつつある状況です。果たして本拠点はいつまで使うことができるのでしょうか。このままでは沈んで行くばかりのS17を救うのは……そう、金です。よろしくお願いします。




2018年1月22日月曜日

南極/雪上車SM100S


 南極のブログなんだからペンギンとか見られるんだろうなぁ、と思わせてからの雪、雪、氷、雪、ブリザードでお届けしております本ブログ、ここ三週間ほど更新がありませんでした。この間、外に出て観測があったわけですが、一週間ほど前には昭和基地入りしていたわけで、べつだんそれが主な理由というわけではありません。

 更新が滞っていた単純な理由は、ネットが重いからです。砕氷船しらせに乗っていたときより昭和基地に行ってからのほうがインターネットの接続が悪くなるとは思わなかったです。やりおる。明石が手に入らない。

 とはいえいつのまにか南極OB会のリンクに補足されているということでさらなるクソ&クソ(*1)のギリギリの路線を辿っていきたい(*2)本ブログ、多少の回線の重さには負けておられんわ、ということで更新です。
*1) R&Bみたい。
*2) 途中でゲームか映画の話題にのみ終始するブログに切り替えたい。

 今回は南極に来たということで、これがなければ始まらない、南極でしか見られないであろうものに関する話題……そう、雪上車です。


 あぁ、なんだ、え? 南極に来たらペンギンだとかオーロラとかだろうって? そんなものは動物園やプラネタリウムで見やがれ。氷床上で動いている雪上車が見られるのは南極だけだ。ちなみに氷床というのは氷河のでかいバージョンで、世界にはグリーンランドと南極にしかありません。規模でいうと南極の氷床はグリーンランドの何倍も大きいです(*3)。世界最大の氷床、その上を走る雪上車。どうだ見たくなっただろう。
*3) しらせ大学で習ったことを早速(*4)書いていく受講者の鑑。
*4) よく考えると1ヶ月前だったが、地球48億年の歴史に比べれば僅かな期間です。

 というわけで今回は雪上車です。雪上車なのです。男の子はこういうの好きじゃろ? わしもわかっておるのじゃよ。狐耳金髪ロリババアとか好きじゃろ?

『雪上車運用マニュアル』2017年度版(第9版; 以下、『運用マニュアル』)に記載されている雪上車は、

  • SM100S雪上車
  • PB300雪上車
  • SM60/65S雪上車
  • SM40S雪上車
  • PB100雪上車
  • SM30S雪上車

です。

『運用マニュアル』によれば、

  • 内陸調査・輸送旅行用の大型雪上車→SM100S、PB300
  • 氷上輸送用の中型雪上車→SM60/65S
  • 大陸周辺部調査旅行用の小型雪上車→SM40S
  • 助走・滑走路整備・氷上輸送用の小型雪上車→PB100
  • 沿岸・海氷調査旅行用の浮上型雪上車→SM30S

という分類になっているようです。

 今回の記事では、内陸調査・輸送旅行用として用いられるSM100Sについて説明していきます。なぜかというとコレしか運転したことがないからです。どうせコレ使うし、それにここで書いておけば忘れないし、忘れたとしても参照できるし。

 あのなんかアレだよな、このブログ、南極を紹介するというか自分のまとめのために使っている気がする。
 いや、でも内陸行くなら雪上車は確実に使うわけで、これはアレです、ペンギンとかオーロラの写真を載っけるより絶対役立つ。ペンギンの写真が載っている本なら佃煮にするほどありますが、現地での雪上車の運転方法が書かれたものなんてそうそう見つからないはず。良いのです、このブログはそういうブログなのです。素晴らしいな、この星を守るため。

 SM100Sは幅2.9m、長さ6.9m、11トン雪上車(11,500kg)で、これより重いのは前述した中では12トンのPB300のみで、雪上車としては大型に分類されます。最大積載量は1,000kg。最高速度は時速21kmとけっして早くはありませんが、最低運用気温は-60度で6種類の雪上車の中でももっとも寒さに強い機体です。そのため南極大陸氷床全域での行動に向きます。


 一方で重すぎるため、海氷上は基本的に走らないことになっています。ちなみに参考燃費は4.4l/kmです(*5)。履帯(キャタピラ)持ちです。たぶん転倒の状態異常とか受けないんだろうな。つよいぞ。
*5) 4.4km/lではない。念のため。
(以上、データは『運用マニュアル』より)

 運転席を含めて4座席、2名分のベッドもあります。炊事が可能。3kVAの発電機で、100V電源の供給が可能となっています。


 今回は、夏季の内陸斜面上での実際の運用に関して下記に示します。なお、以下の内容は特に公式のものや『運用マニュアル』からの引用ではなく、個人的に教わった雪上車SM100Sの運用方法となります。正しい使い方は違うかもしれませんので、実際に南極で乗る場合は車両担当にご確認ください。


1) 立ち上げ
 まずは何があろうと立ち上げからです。
 内陸用の雪上車の駐車場は昭和基地から東へ約20km、標高約600mのS16という名の中継地点です。この地点は内陸旅行のための中継地点でもあり、日本の観測隊が内陸へ向かう場合は基本的に立ち入る場所でもあります。

 基本的に車両は風向きに正対する形で駐車されています。これは地吹雪によって風が障害物の左右や背後に吹き溜まる性質のためです。風向きに対して顔を背けるように駐車してしまうと、地吹雪のあとに出る際に前に向かえなくなってしまいます。

 とはいっても、ちゃんと風向きに正対して駐車していたからといって簡単に立ち上げられるかというと、それはまた別の話。地吹雪に晒され続けていた雪上車は当たり前のように雪の中に埋もれているので、これを適当に掘り起こす必要があります。ある程度の坂道は登れるので、前面に登り坂を作って掘り出します。

 外側の状態を整えている間に、雪上車そのものの立ち上げを行います。まずは車両上にある排気口に巻かれている毛布(雪除け)を取り除きます。また車両内部、中央部右側にあるバッテリーボックスを開け、マイナス端子をバッテリーに繋ぎます。


 エンジンオイル等も点検する必要があります。車両前部中央やその後ろに開けられる部分があるので、オイルがきちんと入っているかどうかを点検します。そうそう減るものではありませんが、まぁ雪上車立ち上げの儀だと思って確かめておきましょう。


2) 始動
 始動です。上の立ち上げ作業は車両を最初に立ち上げる場合にのみ行えばいいのですが、この始動作業からは車両に乗る際には毎度行う作業となります。

 まずはクランキングです。車両のエンジンには立ち上げ当初は燃料がしっかり回っていないため、最初の始動時は燃料をしっかり馴染ませる必要があります。そのための作業がクランキングです。
 クランキングの方法は至極簡単。運転席右上のところに「クランキング」と書かれたツマミがありますので、これをONにして右下のエンジンキーを「START」に入れるだけです。きゅるきゅるという音がしますので10秒ほどSTARTに入れ続けます。この動作でエンジンに燃料が馴染むらしいですが、あまり連続でやり続けてはいけないので10秒入れたら30秒ほど休ませましょう。10秒START、30秒休み、と二、三度繰り返しているうちにオイルランプが消えればクランキングは完了です。
 

 ある程度燃料が回ったところでスタートです。クランキングのツマミをオフに入れ、エンジンキーをSTARTへ——と言いたいところですが、ここでひとつ注意点が。南極観測隊では車両のエンジンスタート/前進/後退時にクラクションで以下のような合図をするルールがあります。


  • 1回 - エンジン始動
  • 2回 - 前進開始
  • 3回 - 後退開始


 そういうわけで、まずはエンジンキーをSTARTまでには入れず、OFFからONへと回します。バッテリー警告等のランプが点灯しますが、ひとまずクラクション一回。それからエンジンキーをSTARTへ入れ続けて始動です。

 始動してしばらくするとバッテリー等の警告ランプが消えるはずです。
 エンジンが始動したら、一度外に出てやることがあります。それは吸気口と排気口を開けることです。運転席ではエンジン温度を確認することができます。メーターは概ね50/80/100度の区切りになっているはずで、80度までがグリーン、それ以上がレッドゾーンとして塗られているでしょう。エンジンは温度が上がらないと機能が発揮できませんが、高すぎると壊れてしまいます。エンジンを冷却するために空冷で冷ましてやるというわけです。


 運転席を降りて車体前部に回り込むと、フロントガラス下に観音開きのような扉があります。これをとりあえず片方(長く乗るなら両方でも)開けておき、バーで固定します。後ろにも留め具で止めるタイプの口が三つ空いているので、そのうちひとつ(温度が上がってきたら他のふたつも)を外し、中に放り込んでおきます。

 これでエンジン周りはひとまずOK。立ち上がったので助手席側の後部座席近くの壁にある配電盤で、無線などのブレーカーをオンにしておきましょう。



3) 慣らし運転
 エンジンも始動してさぁ出発だ——と行きたいけど行けないのが南極。本格的な運転の前に、エンジンの温度を上げるための慣らし運転というものが必要になってきます。

 慣らし運転は約100mの距離を前進後退で三往復するだけの簡単なものです。慣らし運転のためには当たり前ですが発進しなければならないわけで、まずは前進後退の方法を知らなければなりません。
 
 SM100Sはこう見えてオートマです。なので左手のシフトレバーをニュートラルから一速へ入れれば、それだけで前進を始めます。時速はおそらく1km程度でしょう。エンジン回転数も500-600くらいだと思います。とりあえずこれで前進。先に書いたように前進前には2回クラクションを鳴らすことを忘れずに。
 ちなみにSM100Sはノーブレーキです。いや、いちおうブレーキとして使えるものはないではないんですが(サイドブレーキもあるし)、まぁ基本的に使わないです。止まるんじゃねぇぞ。



 100m進んだら一度シフトレバーをニュートラルに入れて止めてから、後退します。これも簡単で、レバーをリバースに入れるだけ。入れる前に3回クラクションを鳴らしましょう。ずんどこずんどこと100m後退して元の地点まで戻ります。

 これをもう一度繰り返します。エンジンが回っていると、だんだんと車内は暑くなってきます。外の天候が問題なければ、窓を開けておくとやや涼しくなります。手指を挟まぬように固定できます。また、天窓も開きます。それでも足元は暑いけど。

 二往復をアクセルを踏むことなく終えました。最後にもう一往復しますが、今度は軽くアクセルを踏んで行います。アクセルの位置は普通車と同じです。「軽く」の目安は、だいたいエンジンの回転数が1000回転程度になるくらい。一定速度で前進、そして後退します。

 これで雪上車で三往復を終え、慣らし運転終了です。所要時間としてはおおよそ30分くらいでしょうか。使う日の最初にやっておけばOKです。


4) 運転
 ここまで来てようやく運転に入れます。 

 先に書いたようにSM100S雪上車はオートマで、ギアはN/1/2/3/D/Rの四段変速です。夏季期間は2-3速で使っていたことが多かったです。
 カタログスペックでの最高時速は時速21kmですが、実際に回転数が一定数を超えないように使うとなると、時速12km程度がせいぜいになると思います。とはいえ歩くよりはずっと早いですし、重い荷物や橇も運べます。すごいぜ! でも燃費悪いぜ!

 SM100S雪上車にはハンドルがありません。代わりにロボのコックピットみたいなレバーがふたつ股のところに突き出ていて、これがハンドル代わりになります(*6)。
*6) ロボのコックピット観がこれでもかというほど古い。

 操作は直観的で、引いているレバーの側のキャタピラが止まります。なので右に曲がりたい場合は右のレバーを引けば左だけが進むので曲がれるわけです。バックの場合も、右後方に進みたい場合は右を引きながら後退すれば良いというわけです。

 注意点として、あまり長くキャタピラを止めてしまうと、履帯が外れてしまう(脱輪)の可能性があります。なので大きく曲がりたいときには一定時間引く→戻す→引く、という動作を繰り返す必要があります。
 この一定時間だとか、あまり長くだとかがどれくらいなのか、という具体的な時間はぶっちゃけわからねぇのですが、少なくとも2秒くらいなら引いていられるようです。レバーは重く、何度も引いたり戻したりするのはわりと労働ですが、脱輪はまずいので嫌いな相手を罵倒しながら頑張りましょう。

 その他、走行中に注意する点としてはエンジン温度でしょうか。《始動》の項でも述べましたが、エンジン温度は80度まではグリーン、80度以上はレッドゾーンです。80度以上に温度が上がりそうだったら、前面の観音開きの扉を大きく開けたり、後部の排気口を開ける口を増やしたり、それでも温度が上がりすぎるようならエンジンを休ませましょう。


5) 駐停車
 停車の方法は簡単で、シフトレバーをニュートラルに入れるだけです。駐車はそのままエンジンキーをオフにするだけでOK。
 注意点があるとすれば、車の向きです。前にも書きましたが、南極は風が強く、障害物があると地吹雪が側面から背面にかけて雪溜まりを形成するため、風向きに正対するように駐停車しておかないと、いざ出すときに苦労することになります。

 また、雪が入ってくると良くないので、エンジン温度を下げるために開けておいた前面の観音開きの吸気口や後部の排気口を元どおりに閉めておきましょう。


6) 終了
 一定期間使わないとなったら、バッテリーが上がってしまうのを避けるために配電盤のブレーカーをすべてオフにしておきましょう。SM100Sはバッテリーと電気系統が直結なので、エンジンをオフにしても電気を使ってしまいます。


 また、さらに長いこと使わない場合は、立ち上げの際に繋げたバッテリーのマイナス端子を外し、雪が入らないように上面の換気口に毛布を被せて固定しておきましょう。これで雪上車の使用は終了です。おつかれさまでした。

2018年1月4日木曜日

南極/ブリザード


 ブリザードをご存知でしょうか?

 そう、世界的人気のRTS(*1)である『Warcraft』シリーズや名作ハクスラ(*2)の『Diablo』を生み出し、近年ではスマホのデジタルカードゲームを切り開いた『Hearthstone』などでも知られるそうそれはBlizzard Entertainmentだ。
*1) 日本でいわゆるシミュレーションだとか呼ばれるやつのリアルタイム版。
*2) ハック&スラッシュ。明確な定義はないが、ダンジョン潜ってキャラクター強化とレアアイテムを掘るのが目的のゲームはこういう分類をされる。

 気象庁の用語解説によると、
「ブリザード」はもともとは北アメリカでの激しい吹雪の呼び名ですが、南極の吹雪も同じ名で呼ばれています。
(気象庁|用語解説 http://www.data.jma.go.jp/antarctic/ant_yogo.html より)

ということです。柱の男(*3)が10人くらい出て来たら名前がブリザードになったやつもいたかもしれません。
*3) サンタナってシュトロハイムが勝手に付けた名前だったはずなのに、いつのまにか正式名称になってない?

 そういうわけで南極でいえばブリザードといえば基本的には強い強風(*4)を指します。日本ではブリザードにA級、B級、C級という指標があり、A>B>Cで強いということになっています。
*4) 腹が腹痛みたいな表現。

 昨日の2018年1月3日ですが、非常に強い強風がありました。2018年1月2日20時05分に外出注意令が発令され、同月3日09時10分にはそれが禁止令に切り替わるほどでした。
 自分は「静かにしているのが好きなのか」と若干キレ気味に言われる程度にインドアなので外出禁止令が出されてもまったく困らないというか、むしろ堂々とダラダラできるのでありがたいのですが、それはともかくとしてその風について簡単に見てみたいと思います。

 まずは当時の風の概況を見てみましょう。


(Antarctica_Japan JRA-NHM http://polaris.nipr.ac.jp/~nhm/antarctica_japan.html による6km解像度計算値 より)

 これは観測ではなく予報値(あらかじめ計算しておいた値)なのですが、まぁほぼ現象を捉えていると思ってください。
 線(コンター)は500hPaの高度場を示しているのですが、これはほとんど気圧と関連するようなものだと思っていただくとして、気圧の渦のようなものが近づいているのがわかります。これは低気圧で、3日は低気圧が接近しており、その影響として非常に強い風(図中、赤矢印)が発生していました。昭和基地は他国の海岸の観測基地と比べると比較的低気圧の影響を受けにくい地点なのですが、こういった低気圧に伴う強風は南極ではよくあるパターンです。

 ではそれが昭和基地にどのような影響を生み出していたかというと、既に3日の気象庁のデータは気象庁が出しているので、それを確認してみましょう。

(気象庁|過去の気象データ検索 http://www.data.jma.go.jp/obd/stats/etrn/view/hourly_s1.php?prec_no=99&block_no=89532&year=2018&month=1&day=3&view= より描画)

 上の図は横軸が時間で、2018年1月2日の12時(昭和時間)がスタート、終わりが4日の00時となっています。縦軸は風速(青; m/s)と視程(橙; km; *5)です。風速は1時間平均値ですが、視程は3時間ごとの目視による観測値なのでまっすぐな線が多いですが、あまり気にしないでください。
*5) どれくらいまで見えるか、という指標。

 見ての通り、時間の経過とともに風速(青線)の値は増加していき、3日の8時から18時ごろにかけては秒速30mほどの強い風となっていました。単純に一日で平均した平均風速では27.5m/s。最大風速(10分間平均風速の最大値)は34.6m/sという風でした。

 ではこの最大風速34.6m/sという風は具体的にどれくらい強い風だったのか?

(気象庁|過去の気象データ検索 http://www.data.jma.go.jp/obd/stats/etrn/view/hourly_s1.php?prec_no=99&block_no=89532&view= より描画)

 上の図は1959年から2015年までの1月の最大風速が起きた数(日数)です。ただし1962-1966の一部期間は欠損しています。

 見ての通り、35m/sを超えるような風が観測された回数は1月は地平線を這うほどしか起きていません。30m/sを超える風も数えるほどで、実は2018年1月3日の強風は、1月としてはここ50年ほどで十指に入るほどの強風現象だったということがわかります。すごいや、さすがターンAのお兄さん!

 ということは、これはものすごいブリザードのはず——きっとA級……いやS級や! 味の宝石箱や!
 と思いきや、今回の強風はA級どころかC級のブリザードにも達しないかもしれません。理由は視程です。

(気象庁|過去の気象データ検索 http://www.data.jma.go.jp/obd/stats/etrn/view/hourly_s1.php?prec_no=99&block_no=89532&year=2018&month=1&day=3&view= より描画)

 もう一度この図を。橙の線で描かれているのが視程で、これは単純に「どの距離まで見えるか」という指標です。ブリザードの強い風は地表面に降り積もった雪を吹き飛ばし、地吹雪となることが多々あります。これにより、視界は悪くなり、遠くのものがなかなか見えづらくなるというわけです。

 日本では以下の表ような指標を取っており、それぞれの等級には視程・平均風速・継続時間のすべてを満たしている必要があります。


 まず青の風速とその継続時間で見てみると、3日5時ごろからA級の指標である25m/sを超えており、そこから落ちることなく3日23時ごろまで25m/s以上を維持し続けていました。つまり、「風速25m/sを6時間以上」というA級ブリザードの指標のうちのひとつは達成したことになります。
 では視程はどうでしょうか? 橙の視程を確認すると、2日の夜から落ち始め、3日未明には4km程度まで落ちてしまっていました。しかしそこからはほとんど変動せず、C級の指標である「視程1km以下を6時間以上」にさえ引っかかりませんでした。

 そういうわけで今回の強風現象はC級ですらないのです。
 しかしながら、先に述べたようにA/B/C級のブリザードの指標は日本独自のものです。たとえば英Wikipediaを見てみると、

A blizzard is a severe snowstorm characterized by strong sustained winds of at least 35 mph (56 km/h) and lasting for a prolonged period of time—typically three hours or more.
(Blizzard From Wikipedia, the free encyclopedia, 2018-01-03 18:02 UTC時点 より)

とあるので、少なくとも時速35マイル(時速56km) = 秒速15.6mの吹雪がだいたい3時間以上続けばブリザードと認識されるようです。ブリザードの結果として”low visibilities(低い視程)”がもたらされることも書かれてはいますが、特にそれらがブリザードの階級分けに使われている、ということはありませんし、そもそも階級分け自体されていません。

 ではなぜ日本は視程を使ってブリザードを分類しているのか?
 その回答に関して、もともとこのA/B/C級ブリザードの分類がいつできたのかは知りませんが、「なぜ使い続けているのか」ということについてはある程度推測することができます。

 日本南極地域観測隊では、過去58回の観測行動のうち、唯一観測隊員から死亡者が出た事故がありました。第4次の福島紳隊員です。

 1960年10月10日、A級ブリザードの中で犬に餌を与えた後で彼は行方不明になりました。彼の遺体は8年後の1968年、昭和基地から4km南西で発見されたそうです。現在、彼が消息を絶ったと考えられている場所には福島ケルンという記念碑があります。

 視程という要素は直接的に気象場を表すものではなく、地表面状態や環境、時間によって異なる値を示す複雑な要素です。そのため、基本的には気象の数値計算などに使われる要素ではありません。
 しかしながら人間が南極で実際に活動しようとした場合は非常に重要となってくる要素です。先日S17という氷床上の観測地点に行った折には視程は30m程度でしたが、こうなると一度方向を見失ったらアウトで、雪上車から小屋への移動も困難な状況でした。下の画像はS17で30m/sを超える風が吹いていたときの雪上車からの写真。ギリギリ隣の橇と雪上車は見えていますが、足元はもうだいぶ怪しいです。さらに奥にある小屋は見えていませんでした。


 このように実際に人間が活動する上で必要な要素を鑑み、それを以って外出注意や禁止令を出すために、未だにこうした視程を条件のひとつに入れたブリザードの指標を使っているのでしょう。二度と同じような犠牲者を出さないために。

 ちなみに単純な風の強さを評価する場合、よく使われる指標だとBeaufortスケールというものもあります。こちらは風速だけでその強さを分けています。 

© この星を守るため
Maira Gall